25 七妃からの洗礼?
今日の予定がすべて滞りなく終了したので、クララほっとしていた。それからすぐに部屋に戻り、寛いでいると、夕食前に部屋のドアがノックされる。
イルサがドアを開けて確認をしたが、何故かそこには誰もいない。かわりに床の上に真っ白いツボが置かれていた。
「こちらはミリーア様からの贈り物のようです。お名前付きのメッセージが添えてあります」
「なんて書いてあるんですか」
「『クララさんへ』だけです」
そのままにしておくことも出来ず、イルサが回収してきてテーブルの上に置いた。
「これは私がお渡しした香水瓶みたいな意味でしょうか?」
お近づきのしるし。
「本当に贈り物であるとすれば、そうだと思いますが……」
そうだとたら部屋を訪ねたときに渡せばいいはず。
届けられたのはずっしりとした重みがある真っ白な陶器のツボ。形は丸くて口の部分が広い。
蓋にかぶせてあった油紙を外しても、木製の蓋でしっかり封がされていたので、中に何が入っているかわからなかった。
「これ、中身は何だと思いますか?」
クララはイルサなら見当がつくと思って聞いてみる。
「本当にミリーア様からだとしても、想像がつきません。何も言わずに部屋の前に置いていった時点で、嫌がらせの可能性がないとはいえませんし」
精霊宮へ出入りができる誰かが持ってきたことは間違いなくても、名前つきのカードがついているからと言ってそれが本当にミリーアが用意したものかは判断できない。とイルサは言う。
「そうですよね。キンバリー様からいただいたお返しのように、目に見える物だったらよかったのに」
実はキンバリーからも、真っ赤な花束が届いていた。
部屋に飾ってあるそれは、花びらが何重にも重なりあう大輪の華でとても美しい。もらった時は喜んでいたクララだが、イルサから、この花には『美』という意味と、もうひとつまったく逆で『消えろ』という意味もあること知った。
この花の球根には、それひとつで致死量となる毒が含まれていて、花自体は無害だが、こんな風に嫌がらせとして使われることもある。
「この花だって、そんな意味で贈られなければ、すごく綺麗なのに」
香りも爽やかで、飾っていても優しく香る程度。
部屋に彩を添えるのにちょうどいい。
しかし、クララのように嫌がらせだと知っていながら部屋に飾る人はいない。
それはそうだろう。
クララはそれがわかっても、花に罪はないのだから捨てられたら可哀そうだ。そう思って、気にせずイルサに活けてもらっていた。
「もしかしたら、この二つの贈り物は、贈り主が逆かもしれません」
「逆? どうしてですか?」
「今日、クララ様は初めてご挨拶に伺ったばかりで、初対面であるお二人に嫌われるようなことは何もしておりません。敵になるか味方になるか判断もついていない状況で、キンバリー様のメッセージがあまりにもダイレクトすぎます」
その真っ赤な花は、王宮の侍女が持ってきた。
クララあてにキンバリーの名前で花屋に注文されていたものらしい。
だからミリーアが注文時にキンバリーの名前を騙ることもできたのだ。
「ミリーア様からだというこのツボも、部屋の前に置いていくなんて、本当はとても失礼な話ですから、実際にはお互いを陥れるためと、クララ様を疑心暗鬼にする意図が感じられます」
「なんだか面倒くさいですね。私なんて放っておけばいいのに」
「相手のご令嬢たちはアクが強い方たちですし、人を蹴落とすことに余念がないのでしょう」
花の贈り主が誰かはわからないが、初めからクララを敵として認識している者がいる。そのことだけは間違いない。
「とりあえずツボを開けてみましょうか?」
「そうですね。しかし何が入っているかわかりませんから、私が慎重に開きます。クララ様は少し離れていてください」
「だったら、バルコニーに行きませんか。虫とか飛び出してきても困りますから」
「そうします」
クララは、一度だけマリアンヌから誕生日の贈り物を貰ったことがあった。それは蛾が大量に詰った瓶だったことを思い出す。
イルサがツボをもってガラスドアを押し開け、バルコニーへと向かう。
冷たい空気が流れ込んできたが、クララもそこからイルサとツボを見ていた。
イルサはそこに備え付けてあるガーデンテーブルの上に置いて、慎重に木の蓋を開けてみる。
「うっ!?」
声を上げたあと、イルサが急いで蓋を元に戻して、ハンカチで自分の鼻を覆った。
「酷い匂い。何ですかこれ?」
「クララ様、お部屋に入って窓をしっかり閉めてください」
「わかりました。イルサさんは?」
「私はツボの処理をしてまいります」
言われた通りクララは扉を閉めて、ガラスのこちら側からイルサの様子を見ていた。
ツボを持ったイルサはその辺をうろうろした後、バルコニーから庭に降りて行く。
しばらくして戻ってきた時には、その手には何も持っていなかった。
「ツボはどうしたんですか?」
「庭園の真ん中に置いてきました。あとで処分してもらうようにメモをつけてきます」
庭師に土に埋めてほしいとお願いするそうだ。
「そうですか。ところであれはいったい何が入っていたんですか?」
「たぶん腐った玉ねぎだと思います。ツボに入れたまま放置しておいたものでしょう」
「なぜそんなことを?」
「嫌がらせに使うためだと思います。蓋を開ける時に、ちょっと力を入れたらツボが割れる仕組みにもなっていましたから」
本当にものすごく臭さかったので、部屋の中であれを開けなくてよかった。あんな匂いがついてしまったら、月の宮は当分使えなくなってしまう。そう言って贈り主に対しイルサが怒っている。
「お姉様の心が折れたのもわかる気がします」
「大丈夫ですか?」
「はい。私のことでしたら心配はいりません。この程度のことはなんでもないので大丈夫ですよ」
「でしたら、よろしいのですが……」
こんなことで怯えていては、ここで暮らしていけない。嫌がらせをされたとしても、悪い噂しかきかないような男爵に売られるよりはましだ。
(ミリーア様とキンバリー様には極力関わらないようにしたいところだけど、精霊喰いのことがあるからそうもいかないし、とりあえず誰からの贈り物か調べてみようかな)
七妃からの洗礼について、まったく気にもかけていない様子のクララ。
その姿を、イルサがいつもとは違う目で見つめていたことに、クララが気づくことはなかった。




