24 日の宮の主人 ナナリー・ヘイオドール
ナナリー・ヘイオドールは上昇志向が強いらしい。
利発なのでミリーアやキンバリーも理詰めで言い負かされることが多いとイルサから聞いていた。
そして月の精霊つきであるクララと、日の精霊つきであるナナリーはもともと相性が悪いとされている。
「リオンを連れて行っても大丈夫なのかしら」
「何かおっしゃいましたか?」
クララが黒ウサギの心配をしていると、その小さなつぶやきを聞き取ったイルサが反応した。
「ナナリー様に私が月精霊の加護を受けているというだけで、嫌われてしまうのは困る。そう思って、ちょっと緊張していたんです」
「そのことですが、相性が悪いと言われているから、お互いになんとなく距離ができてしまうこともあるのではないかと私は考えてます」
「そうなんですか?」
「私の髪は見てのとおりアイスグリーンですから、一時は木精霊の加護があったのだと思います。子どもの頃のことですが、赤系統の髪の方には嫌厭され、逆に青系統と茶色、銀色の髪の方には気安く声をかけられておりました。私のほうは、どの方に対しても特別なんの感情もわかなかったので、そうしてしまう理由の中には思い込みの部分もあると思うのです」
黒ウサギが首を縦にふっているので、長い年月の間に、勝手に浸透してしまった概念なのかもしれない。
「それならナナリー様の態度を見るまで、あまり悩んでも意味がないかもしれませんね」
「そう思います」
「ちなみに、月精霊と相性が良いとされているのは?」
「火精霊ですね」
(私とはあまりにも性格が違いすぎるミリーア様と、七妃の中で一番相性がいいとは思えないものね)
納得してから、クララは日の宮を訪ねることにした。
今までと同じように一連の挨拶をすると、ナナリー・ヘイオドールがそばまでやってきた。クララはそれからずっと無言のまま観察されている。
部屋の中には日精霊がいて、それはナナリーの髪と同じ銀色の毛並みをした可愛らしい子犬だった。部屋の中にあるソファーに座って、ナナリーと同じようにクララを見ている。
黒ウサギにも、たまに視線を向けることはあっても、威嚇をすることもなく、ふわふわ飛んでいるその姿を目で追っているだけ。
そんな状況なので、クララは勝手に退出することもできず、しばらくの間ナナリーの出方を待っていると、開口一番に告げられた言葉は意外なものだった。
「クララ・ハイパーさん。あなたハイパー家で虐げられていたでしょう」
「え?」
クララだけではなくイルサも驚いている。
(どうして? そのことを知っているの)
初見で感じたナナリーの印象は知的な美少女。そう思わせる少し冷たい表情の口元が、ふっと緩んで笑顔に変わった。
「とても不思議そうね。ご存じなかったかしら、私はエリザベートさんと仲が良かったのよ」
「そうだったのですか?」
クララはエリザベートから一度もナナリーの名前を聞いたことがなかった。七妃を目指していた間柄という仲で、ふたりが親しくしていたことに驚く。
「お姉様のエリザベートさんとは、普段からあまりお話をされていなかったようね」
マリアンヌの目を盗んで会っていたし、エリザベートはクララに負担をかけないように心配させることは極力言わないように心掛けていた。
だからエリザベートのことは話してくれたこと以外はわからない。知っているのは、病気が悪化する前に、七妃を目指していた令嬢たちが足の引っ張り合いをしていて、なにで揚げ足をとられるかわからないので、お茶会に出るのが苦痛になってきた。と珍しく愚痴をこぼしていたくらいであって、個々の令嬢については何も知らされていない。
「貴族家では、子どもの出来の良し悪しで対応に差をつけることはよくあることだわ。そのことを優しいエリザベートさんは心配していたし、あなたのことをとても大切に思っていたのよ」
「姉が私の話をしていたのですか?」
「誤解なさらないでね。エリザベートさんが風潮していたわけではないの。誰も見たことがない深層の令嬢に興味を持ったので私が聞いたら教えてくれただけなのよ」
エリザベートがクララのことを打ち明けたとしたら、それはそれだけナナリーに心を開いていたということである。
令嬢たちの話を総合して、エリザベートはずっと虐められっぱなしだったと思っていたクララ。しかしそうではなかった。ひとりでもそんな友達がいたことに安堵していた。
「私はミリーアさんやキンバリーさんのように、家柄で人を差別をして見下すような方たちが嫌いなの。とにかく虐げる人たちが許せないのよ。だからクララさんのことは同情しているし、ここでは幸せになってほしいと思っているわ」
「ありがとうございます」
「精霊宮に入った以上、もう私たちの立場は同等になったのだから、これから必要なのは出自ではなく実力だと思うの。クララさんのこともエリザベートさんの代わりに守ってあげようと思っているから、私のことは姉だと思って頼ってね」
「そう言っていただけると心強いです。よろしくお願いいたします」
クララの希望は仲良くならずとも嫌われないこと。ナナリーに初対面から好印象を持たれたことは幸先がいい。
ただ、ナナリーにも敵対している令嬢たちがいるから、簡単に手を取ることもできない。
それからエリザベートと仲が良かったことと、王妃とのつながりはまったく関係がないので、これからどう接していけばいいのか悩むところだ。
とりあえず金の宮のメルティ・ルチル以外は無事に挨拶を済ませることができた。どの宮でも問題を起こすことなく、七妃たちとはどちらかと言えば、良い状態で関係を始めることができたと思う。
(でも、すべてはこれからですね)
もともとは、隅っこで静かに過ごすことを希望していたクララ。しかしそうも言っていられなくなってしまったので、まずは一番信用ができる土の宮のシェリルと、友達になるために動き出そうと思っていた。




