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22 土の宮の主人 シェリル・アンバー

「シェリル様が私のことを何とも思っていないといいのだけど」


 女神の泉の突き落とし事件のことがあるので、シェリル・アンバーとは顔を合わせる前からよからぬ因縁ができてしまっている。

 クララのほうは、シェリルはただ罪をなすりつけられただけで、自分に対して殺意などなかったことはわかっている。それに加えて、クララと同じく土精霊を精霊喰いの贄とするため、処分される側だったことも。


 しかしシェリルにとったら、何もしていないのにいきなり殺人犯として捕らえられて罪を着せられた。

 表向きではその犯人がシェリルを貶めるために土の宮つきの侍女がやったことだとして、疑いは晴れている。

 そう説明されていたとしても、その事件に関わってしまったクララに対して同じ被害者だと同情しているのか、はたまたクララが泉に落ちなければこんなことにならなかったと逆恨みしているのか、それは実際に会ってみるまで判断がつかなかった。


 初めて見た時のシェリルの言動が乱暴だったこともあって、イルサも「何かあれば私がかばいますので」と心配をしている。


「人に信頼してもらうにはどうしたらいいのか、私には経験がなさ過ぎてわかりませんが、とにかく努力だけはしてみます」

「もしかして、クララ様はシェリル様と仲良くなりたい、そう思われていらっしゃるのですか」

「それはお話してみないと何とも言えませんけど、そうなれたらいいなとは思っています」


 シェリルは七妃に選ばれた中では、異質であるといえる。伯爵家の令嬢とは思えない言動をしていて、優しいクララとは真逆だった。

 イルサはそう思っているので、クララの意図が測りきれず、どう返事をしたらいいのか迷っていた。


「ひとりくらいは気軽におしゃべりできる方がいたら嬉しいなと思っているだけですよ」

「さようでございますか」

「でもシェリル様が王太子妃になりたいと思っているのであれば、ほかの皆さんと敵対はしたくないので、回避するために距離は置きますけどね。友達になったあとで、応援をすることはできませんって言えませんもの」


 本当は信用ができる者を探している。

 イルサには本音を言うことができない。

 それがきまずくなったクララはそっと視線をそらした。

 するとそれを見た途端にイルサがとっさにクララの手を掴んで握りしめる。


「イルサさん?」

「七妃のどなたが一番クララ様のご友人にふさわしいか私が徹底的に調べあげます。ですから、そんなに悲しまずに待っていてください」

「え? はい。ありがとうございます」


 イルサの気づかいに笑って誤魔化すしかないクララ。


(ごめんなさい。イルサさん)


 心の中で謝っていた。


「では、ノックいたします。よろしいでしょうか」

「はい」


 クララがうなずくとイルサはドアをたたいた。

 しかし数分立っても土の宮には何の反応もない。


「気づかれていないのかもしれませんから、もう一度だけ、ノックしてみます」


 静かな廊下にコンコンコンという音だけが再び響いた。

 すると、一分後にゆっくりと部屋のドアが開く。


「食事だったらテーブルの上に置いて。支度が終わったらすぐに出て行って」

「え? シェリル様?」


 ドアを開けたのは侍女ではなく、土の宮の主であるシェリル・アンバーその人だった。


 髪は櫛をとおした様子もなくぼさぼさ、服装も薄茶色いふわっとした夜着のような装い。その姿から今までベッドで横になっていたのは明白だった。


「あの、私は給仕ではなく、月の宮に入りましたクララ・ハイパーと申します。もしかしてお加減が悪いのですか?」

「悪いなんてもんじゃないほどにね。って月の宮? もしかして生き返ったっていう子?」

「そうです。これから同じ七妃としてここで暮らすことになりましたのでご挨拶に参りました。でも、また別の日に改めてお伺いいたしますから、シェリル様はベッドに戻ってお休みください」

「待って」


 クララがドアを閉めようとすると、シェリルが突然クララの手を掴んだ。


「事件の当事者よね。ちょっと教えてほしいことがあるの。中に入ってよ」

「お話しするのはかまいませんけど、シェリル様のお具合は大丈夫ですか」

「ぜんぜん平気。何もかも嫌になっちゃって、ただゴロゴロしていただけだから」

「でしたら、少しだけお邪魔します」


 クララとイルサが部屋へ入ろうとする。ところが。


「あんたは外で待っていて。侍女は信用できないから」


 イルサは入室を拒否されてしまった。

 シェリルの言動から今現在、土の宮つきの侍女がいないことはわかる。

 補充ができていないのか、シェリルが受け入れないのかはわからないが。


「そうおっしゃられてもクララ様をおひとりにはできません」

「私の立場を考えればわかるでしょ」


 土の宮つきの侍女の罠にかかるところだったのだから、猜疑心があってもしかたがない。


「クララ様もあんなことがあったばかりなのですから」

「なによ。誰も彼も私を疑ってばっかりで。私を排除したいっていうなら、こっちこそ願ったりだわ。こんなところ、出ていけるのであればすぐに出ていきたいと思っているんだから」


 簾のようにたれた前髪の隙間からのぞく瞳には精気がなく、絶望感だけが漂っている。


「イルサさん、私なら大丈夫です。私のほうこそシェリル様とお話してみたいので、少しだけ二人にしてもらえませんか」

「ですが」

「まだ日の宮にもご挨拶に伺わないといけませんから、十分だけ。それ以上はまた別の日にしますからお願いします」

「クララ様がそこまでおっしゃるなら、本当に十分だけ外で待ちます。十分たってもクララ様が出てこない場合はお迎えにあがりますので、ご承知おきくださいませ」

「わかりました。わがままを言ってごめんなさい」

「いえ、では私はドアの前で控えておりますので、何かあったら大声でお呼びください」


 クララの願いを聞き入れたイルサ。ドアが閉まるのを沈痛な表情を浮かべながら見つめていた。


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