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20 木の宮の主人 キンバリー・ブラッドストーン

「次の部屋は木の宮のキンバリー・ブラッドストーン様のところですね」

「キンバリー様は緑色の髪に赤いメッシュが入っているとても珍しい髪色をしておりますよ」


 緑と赤、それは木精霊と火精霊の加護を受けていることになる。

 木と火もどちらかといえば相性が良くない精霊同士なので、本当に稀な色なのだそうだ。


 部屋への入室を許されたクララは、キンバリーの首を凝視していた。そこにエメラルド色のトカゲが目をつぶったまま巻き付いていたからだ。


(この子も損傷はなさそうだけど、寝ているだけなのかな……)


 今までと同じように名前を告げて、香水瓶を渡してからすぐに退出しようと思ったが、今回もまた呼び止められた。


「ミリーア様のところにはもう行ってきたのか?」


 キンバリーは騎士家の家系のため、女騎士として王族の護衛で王宮には頻繁に出入りしていた。

 とても堂々としていて、クララが知っている令嬢たちとは言葉使いからして振る舞いが異なっていた。


「はい。先ほどご挨拶させていただきました」

「あの方は年功序列にうるさいからな。ただとうが立っているというだけなのに上からものをいう。それに、我々のなかで一番家柄が良いという理由で傲慢さが年々増長していて、困ったものだ」


(どうしたって、貴族は家格がものをいうから……)


「それでいて何の努力もしていない。尊敬できるところなど何ひとつないような方なのだ。しかも、子どものころからオーティス様の優しさにつけ込んでベタベタと失礼極まりなかった。思い出しただけでも腹正しい」


 いきなり辛辣な言葉が並ぶ。


 幼いころから王族を守るために剣を握って修業に励んできたキンバリーにしてみれば、ミリーアなど公爵家の名がなくなれば残るのは傲慢な令嬢というだけだ。


 そんな者が王太子であるオーティスの正妃の座を狙っている。そのことがとても気に入らないらしい。


「ご挨拶に伺っている順番は、しきたりに従って進めておりまして、私は月なので火の宮から回っているだけなのですが」

「だったら、丁度よかったな。君の姉上はミリーア様によくいじめられていたし、君も今後は近づかない方が賢明だと思う」


 キンバリーが『挨拶回りのしきたり』のことを気にしていないのは、ほかの七妃からどう思われようが関係ないと思っているからだ。

 中には仲違いしている令嬢のことを完全に無視をしている者もいるので、『挨拶回りのしきたり』といっても、クララのような誰とも交流がない者が序列を気にせず回るための大義名分なだけ。絶対にそうしなければならないというわけではないらしい。


「ところで、昨晩の話を耳にしたのだが?」

「え?」


 キンバリーがどこまで知っているのかわからないが、ミリーアとブルーナからその話が出なかったので、クララは精霊宮で箝口令が敷かれているのだと思っていた。


(もしかすると、王族の警護をしていたというキンバリー様は、精霊宮にいる侍女の誰かと懇意にしているのかもしれない。まさか王妃様とも? だったらどうしよう)


 しかし、見たところ木精霊であるエメラルドのトカゲは、精霊喰いの餌食になっている様子がない。

 はたしてキンバリーに王妃の息がかかっているのか。それは今後慎重に探るしかなかった。


「聖域の泉に落ちて死にそうになったそうだな。土の宮のごたごたに巻き込まれたせいらしいが」

「はい」


 クララは返事に迷ったが、ここまで的確な情報を得ているのだから、否定する必要はないと判断した。


「そして、オーティス様の手で部屋まで運ばれたそうではないか」


 キンバリーの声に少しだけ怒気がこもっている。

 七妃たちにとって、会ったこともないクララが危ない目にあおうが、そんなことはどうでもいいことで、重要なのはオーティスとの関係だ。


「申し訳ございません。私が至らないせいで、たまたま精霊宮にいらっしゃった王太子殿下のお手を煩わせることになってしまって、恐縮しております。今後はご迷惑をおかけしないように、十分気をつけようと思っております」


 クララはキンバリーの気を静めるために急いで謝罪する。


「君はオーティス様のことをどう思っているのだ?」

「雲の上のお方で、近づくだけでも恐れ多くて精神がもちません」

「それでは妃の役目がはたせないだろう?」

「私は候補者がいなかった月精霊の加護もちだっただけなので、単なる数合わせだと承知しております。初めから王太子殿下のお相手ができるなどとは思っておりません。月の宮で祈りを捧げることに誠心誠意尽くし、貢献させていただこうかと思っております」

「なるほど、正妃どころかオーティス様の気を引くつもりもないということか」

「はい」

「口外するつもりはないが、もし昨夜のことが私以外の七妃に知られたら、君に落ち度がなくともただではすまないだろう。再び危うい立場になるかもしれない」


 キンバリーの言葉は、クララに不信感をもてば、七妃たちに昨晩の一件を伝えるという脅しにもとれる。


「オーティス様は誰に対しても等しく優しいので、これからも勘違いしないようにな」

「重々承知しております。私にはあわせる顔がないので、王太子殿下の目にふれないよう静かに暮らそうと思っています」

「それがいいかもしれないな。君のことは気に入った。だから、私が力になってやってもいいと思っている。困ったことがあったら私が相談にのるから安心するといい」

「ありがとうございます。では、本日はこれにて失礼致します」


 話が終わったクララはさっさと部屋を出た。


(キンバリー様が力になってくれるとは言ったけど……)


 ミリーアとキンバリーの仲がものすごく悪いことだけはわかったので、今後はどちらの味方もしないように言葉には気をつけなくてはならない。


 誰が味方で誰が本当の敵なのか、それがわかるまでは、誰のことも信用してはならない。そうクララは肝に銘じていた。


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