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02 エリザベートお姉様への恩返し

「エリザベートお姉様ならわかりますが、私なんかでよろしいのでしょうか?」


 いくら黒髪が少ないとはいえ、明らかに人選がおかしいと思ったクララは、疑問に思ったので聞いてみることにした。


 七妃や王太子妃なんて身分はハイパー家の長女エリザベートのように眉目秀麗で完璧な令嬢がなるものだ。とクララは思っているからである。


 姉とはいってもクララはハイパー家に押し付けられた貰い子だから本当の姉妹ではない。もしかしたら父親は同じかもしれいないという曰くつきだが、二人の容姿は似ていないし賢さも雲泥の差。それなのに、その話がクララに回ってきてしまった。


 なぜかと言うと、赤子から四十代前半の世代には、月精霊の加護をもつと言われている黒髪の令嬢が極端に少なく、そのわずかな令嬢たちの中で上流階級の貴族家で漆黒の髪をもつ者がクララだけだったからだ。


「良いも悪いも、令状が届いてしまったのだから仕方がないだろう。本当ならエリザベートを七妃として送り出したかったが、身体の状態が酷いせいで青い髪の娘はもう他の者に決まってしまったからな。代わりにおまえを差し出せと言われたら断ることはできん」

「そうですか……」


 エリザベートは、七妃の打診があってから、そのことを考えると、ストレスのため全身に蕁麻疹が出るようになってしまった。

 優しい彼女はもともと人と競うことが苦手で、精霊宮に行ったら妃の座をめぐって他の令嬢たちと寵を争わねばならないこと、行ったら最後、二度と実家へは戻ってこられないこともあって、すごく悩んでいた。


 七妃候補である他家の令嬢たちがあまりにも苛烈で好戦的すぎて、その中でやっていくことが苦痛だとクララにまでも弱音をもらしていたくらいである。

 それでも、今までは我慢してお茶会などには出ていたのだが、エリザベートが、ハイパー家のためだと思って行動すればするほど、水面下で受ける攻撃がひどく、身体にまで拒否反応が出てしまった。


「お姉様は、部屋から出られないほどお具合が悪いのですか」


 症状が顔まで出るくらいひどい時は、心配させたくないからとクララを避けているので部屋には入れてもらえない。最近、会うことが出来ないのはそれだけ悪化してるということなんだろう。


「そんなことはどうでもいい。おまえが七妃に選ばれた以上、我が家のために王太子の寵愛を得ることだけ考えろ。おまえのような者に期待はしていないが、あの女のこどもなのだからな。万が一ということもあるだろう」


 実母のことを引き合いに出されてもクララは会ったこともないからわからない。自分が寵愛を得るなんてどう考えても無理だと思っていたし、それは、性格や能力以前の問題だからだ。


「私は今年十五歳になったばかりなんですけど」

「数年もたてばそれなりの年齢になる。王太子の手が着くまで、正妃の座を他の令嬢にもっていかれぬように媚びを売ったりあらゆる手段を使って蹴落としておけ」

「蹴落とせと言われましてもどうしたらいいのかわかりません」

「頭を使え、頭を。なんのためにきちんとした教育を受けさせて、今まで育ててやったと思っているのだ。おまえには我が家に恩を返す義務があるのだからな」


 年齢のことだけではなく、社交の場に出たこともないクララは、人との付き合い方がわからない。

 優秀なエリザベートと違って王太子妃なんて器でもないから、集められた令嬢の中で選ばれるなんて、どう考えても無理だ。

 容姿だけでなく頭の中身も凡庸すぎるのだから、きっと見向きもされないはず。七妃という身分を賜ることすら烏滸がましい。そうクララは思っている。


 でも、ここで反論したらハイパー伯爵の機嫌がますます悪くなるだろう。蔑む目つきのハイパー伯爵とこうやって向き合っているだけ息がつまりそうになるので、クララは無言のまま立ち尽くしていた。


「わかったら、さっさと支度をしろ。おまえが七妃のひとりを務めることに対して反対意見もあったが、国の決定を辞退する正当な理由もなく覆すことはできなからな。こうなった以上は我が家に泥を塗るようなことは決してするなよ!」


 クララに向かって吐き捨てるように怒鳴るハイパー伯爵。


「あの……」

「なんだ! まだ何かあるのか」

「誰かに名前を聞かれたら、私はハイパー家のなんと答えたらいいのでしょうか?」


 ハイパー伯爵はクララの父親だと言われることを何よりも嫌がっている。


(精霊宮で挨拶をする時に私は自分自身のことをなんと紹介すればいいんだろう)


 それが気になった。


「ハイパー伯爵様は私の父親ではないようですし」

「あたりまえだ!」

「ですが、私の出自は隠さなければならないのですよね。精霊宮に行ったら、人と話をする場面は多いでしょうからどうしたらいいものかと」

「おまえはそんなこともわからない馬鹿なのか。公には私の娘ということになっているのだから、ハイパー家の次女と名乗っておけばいいだろう」

「左様ですか。では、話の流れによっては、ハイパー伯爵様のことをお父様と呼んでもかまわないのですね?」

「……」


 苦虫を嚙み潰したような顔でクララを睨みつけているので、父と呼ぶことは拒絶されたようだ。

 それも仕方がない。押し付けられたクララを、娘として受け入れることに納得していないのだから。

 特にハイパー伯爵は。


 クララの母グレイシーは、ハイパー伯爵の妻であるマリアンヌの実の妹だ。

 ハイパー伯爵との過ちの結果、クララは忌子としてこの世に誕生したらしいけど、それはグレイシーの言い分で、ハイパー伯爵は身に覚えがないと言っている。


 今でもどちらが嘘をついているのかわからないのだが、結局クララはハイパー家に引き取られることになった。というのも、マリアンヌとグレイシー姉妹はロードナイト公爵家の令嬢だったため、醜聞を恐れたロードナイト公爵が表ざたにならないように、率先してグレイシーの妊娠の事実を隠蔽したからだ。


 公爵家でこっそりクララを産み落としたグレイシーは、すぐに王都から遠く離れた場所に領土をもつ傍系の子爵家へ嫁がされている。


 残されたクララは、祖父にあたるロードナイト公爵の言いつけで妊娠の偽装をしていたマリアンヌの実子として育てられることになった。


 そんな事情があったため、生まれた時から二人には嫌われていて、その当時のことを知っている使用人からも腫れ物に触るような扱いを受けている。


 クララの出自は秘密だけど、マリアンヌの機嫌が悪い時に呼び出されては、ストレスの発散なのか八つ当たりでねちねちと嫌味を言われているので、誰よりも自分の生い立ちとそれに付随した話、実母がマリアンヌにどんな仕打ちをしていたのか、幼い頃から知っていた。


 クララはグレイシーと容姿が似ているので、マリアンヌはそれも腹立たしいようである。経緯を知らない使用人たちも、理由はわからなくても、マリアンヌの言動でクララが死ぬほど嫌われていることは知っているので、あえて近づく者も、親身になる人もいなかった。


 マリアンヌに疑われているハイパー伯爵は、その原因であるクララを抹殺しようと思ったこともある。

 しかし、ロードナイト公爵家の手前、捨てることも始末することも出来なかったので、いずれはハイパー伯爵家の娘として政略結婚の駒に使うつもりだった。そのため、ある程度のマナーと知識は叩き込まれている。


 今回、ハイパー家より家格が高い家の令嬢に黒髪、もしくは灰色の髪の令嬢がいなかったことで、曲がりなりにも伯爵家、上流に含まれるハイパー家に籍を置くクララが選ばれれてしまったけど、こうなった以上はなるようにしかならない。


 それに、出自がはっきりしないクララにも優しく接してくれるエリザベートのことを考えると、悪い話ではないと思っていた。

 クララが選ばれたことで、エリザベートに恩返しができそうだからだ。


 なぜなら、ひとつの家から同時期にふたり以上の七妃が選ばれることは歴史上一度もない。

 クララが精霊宮に行けば、もし水の宮の主人に何かがあって再度選考の機会があったとしても、病気になるほど嫌がっていたエリザベートが選ばれることは絶対にないのである。


 エリザベートには、これから心穏やかに暮らしてほしいとクララは願っていた。自分自身はこの家にいても似たような環境だから、この時点で特に問題は感じていなかったのである。


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