14 真犯人
「なんて一日だったんだろう」
生まれて初めて王宮にやってきたというのに、その日のうちに一度命を落として女神に助けられた。
復活したあと、絶対に失敗をしてはならない王太子の前で恥をさらし、しかも挨拶も交わす前に抱き上げられている。
人生のうちに一日でこれほどさまざまな出来事が起きることはあるだろか。
ふかふかのベッドに転がりながらクララは、ふぁっとあくびする。
「もう寝よう。今日はさすがに疲れちゃった」
寝室に入ってからすぐに、イルサにも仕事は終りにしてゆっくり休むように伝えてある。
広すぎる部屋とベッドにはまだ慣れないけど、ひとりきりになるとすぐに睡魔が襲ってきて、クララはあっという間に深い眠りに落ちた。
ところが、クララの一日はまだ終わっていなかったのである。
「あれ?」
すぐにクララは目を覚ましてしまう。
「おかしい。私が寝ている?」
クララは困惑しながら首をかしげる。
なぜかベッドに寝ている自分の姿が見えたからだ。
しかもクララ自身は空中にふわふわと浮いていた。
「飛んでいる夢?」
そう思っていると、クララは何かに引っ張られるかのように勝手に移動を始めたのである。
「きゃあ、うわっ、壁!?」
意思を無視して空中を動く身体は、部屋の壁に向かっていた。
ぶつかる瞬間にクララは思わず目をつ閉じる。勢いよく壁にぶち当たればどこかが痛むはず、そう思っていてたのに、いつまでたってもクララの身には何も起こらなかった。
覚悟していた衝撃がやってこなかったため、クララはおそるおそる目を開けた。
「やっぱり夢なのね」
目に写った風景はクララが寝ていた寝室ではなく、精霊宮の廊下だった。
部屋の中から部屋の外へ瞬間移動をしたのだからそう考えるのが妥当だろう。
だいたい浮いていること自体が普通ではありえないのだから。
「私の夢なのにどうして自由がきかないんだろう」
手や顔を動かすことは多少できても、クララが言うようにその後もどこかに向かって勝手に飛んでいる。
「このままどこに運ばれていくのかしら」
周りを見ながらクララは腕を組んで考えた。
自分が望んでいることを夢でみているとしたら、行きたい場所はたったひとつ。
それはエリザベートのところしかない。
「お別れができなかったから……」
心残りがあって、無意識に向かっているのかもしれないと予想する。
あがなうこともできないので、そのままなるように身を任せていると前方からコツコツと足音が聞こえきた。やってきたのは二人の侍女だ。
夜遅くほかには誰もいないせいか、精霊宮の大理石でできている床の音が響き、やけに耳につく。
そのため気になったクララは侍女たちを見つめていた。それなのに、逆に侍女たちにはクララの姿が見えていないのか、正面にいて、しかも空中に浮いるのに驚く様子はない。
「月が水に沈んだのは間違いなく確認したのでしょうね」
侍女の一人が小さくつぶやいた。とても小さな声だったにも関わらずクララにははっきりと聞こえていた。
「はい」
「それなのにまさか生きているとは」
(月って私のことを話しているのかしら)
「こ、このしくじりを、あの方になんと報告したらよいでしょうか。お願いします、どうかお口添えを……」
あ、この声……
今にも泣きだしそうな表情をしている侍女がもう一人にすがっている。その低い声にクララは聞き覚えがった。
そうだ、あの組み紐の飾りがついた靴!
クララは泉に落ちる瞬間、振り返ろうと身体をねじった。だから、自分の背中を蹴った犯人の足元だけは見ていた。そのことを思い出す。
(ちょ、ちょっと待って。止まって)
そこにいるのは土の宮の侍女ではなかった。その姿をクララは凝視して記憶を探ってみる。
(やっぱり知らない人よね)
自供した侍女以外に犯人がいる。ということらしい。
なぜ自分はこんな夢を見ているのだろう。そう思いながら、その侍女が気になって仕方がなかった。
(話を聞きたい。そうすればあの時のことを何かもっと思い出せるかもしれないわ)
すれ違う瞬間、クララは侍女のひとりの腕を掴もうとしたのだけど、手がすり抜けてしまう。そのはずみで犯人ではないほうの侍女にぶつかりそうになった。
『あぶないっ』
そう叫んだ瞬間。
クララの身体が侍女の身体に重なり、今までどこかに向かって進んでいたはずなのに、なぜかその動きが止まった。
『あれ? もしかしてこの人にとり憑いちゃったの?』
そうだとしてもクララに自由はなく、ただ侍女にくっついているだけなのだけど。
それでも侍女たちはクララの存在に気がついていないし、クララの声も聞こえていないようなので盗み聞きをするにはちょうどよかった。
「辻褄を合わせるために身代わりの侍女を用意したのもあの方です。お手を煩わせてしまったので私程度でどうにかなるものでもありませんよ」
「そんな……」
真犯人だと思われる侍女はその場に崩れ落ちた。
「あなたが挽回する方法はただひとつ。あの方は月精霊の加護もちの命を望んでいます。何をすれば許されるのか自分の頭で考えることですね」
(それって、もう一度私を狙えってことじゃないの?)
クララがとり憑いている侍女は怯えている侍女を残して歩き始めた。
(やだ、なんでこんな夢を見ているのよ。どうせならもっといい夢がみたいのに。本当に最悪)
「本当に最悪」
(あら、気があっちゃった)
「私まで王妃様に睨まれてしまうじゃないのよ」
『え? 王妃様!? あの方って王妃様のことなの?』
侍女の言葉を聞いてクララは驚愕する。そして自分が恐れおおい夢を見ていることに頭を抱えた。




