13 実行犯
「先ほどは失礼いたしました」
クララは応接室にもどるとすぐにオーティスへ謝罪をした。
その所作は美しく、着飾ってさえいればちゃんと伯爵家の令嬢に見える。ただ、マナーは叩き込まれていたとしても、それを実践した経験がなく、令嬢としてもいろいろ欠けているところがあるため、残念だけど中身が伴ってはいない。
「いや、こちらこそ寝込んでいることを知っていながら、話を聞きたいかなどと状況を考えずにすまなかった。寝室に入ってもよいのなら、と軽く考えてしまっていたのだ」
王太子に謝られて、クララは恐れおののきながら首をふる。
「体調は元どおりになりましたし、犯人について教えていただけるのでしたらありがたいです。知っておきたいこともありますし」
「そうだとしても、クララが病み上がりなのは事実。休んでいたほうがいいのだから、簡潔に事件についてわかったことを伝えるとする」
「はい。お願いします」
クララと向かい合わせに座っているオーティスは凛とした表情で少し近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
表情から何も読み取れないのは王族として、そう教育されているからだ。
(可もなく不可もないって感じかしら。とりあえず今のところは私に興味がないってことよね。これ以上の失敗は気を付けないと)
蔑まれてばかりいたクララは、表情のないオーティスのことを、クララについては何とも思っていないのだと勘違いをしていた。
「まず犯人が誰かということだが」
「はい」
「これほど早く解決したのは、土の宮付きの侍女が自分で名乗り出たからだ」
土の宮であれば、ドアのところでシェリル・アンバーに罵られていた侍女だろう。
あの時クララも目にはしていたのだけど、シェリルのほうに気を取られていてよく覚えていない。
「あの人?」
(声……似ているといえば似ているかしら?)
「知っているのか?」
「シェリル様と一緒にいたところを一方的に見かけただけです。でもどうして?」
「自白内容によれば、クララに恨みがあったわけではなく、恨まれていたのはシェリルのほうだ」
あんなふうに怒鳴り散らされれば、七妃だとしても好きにはなれないはず。それは理解できる。
「罪をシェリルにきせて精霊宮から追い出したかったらしい。王宮の侍女の中でいえば上級に入る精霊宮仕えに決まったというのに土の宮の主は打ち解けないどころか暴力もふるうような令嬢で、矜持が傷つけられ恨みがつのっていたと言っていた」
「矜持?」
「その侍女は思いあがっていたようだ」
王宮には数多くの侍女がいる。その中から自分は選ばれた者だとおごっていたところに、本当に選ばれし者であるシェリルからひどい言葉を投げつけられた。
「だからといって、そんなことくらいで人殺しができるものでしょうか?」
プライドなど一欠片も持っていないクララには理解ができない。
雪のふる中、冷たい泉に突き落とせばどうなるかなど、考える必要もなく結果はあきらか。それなのに、そんなつもりではなかったというのであれば白々しいにもほどがある。
今回はたまたま泉の女神の気まぐれで助かっただけだ。
「シェリルが犯人として捕まることを望んでいただけで、クララのことはどうでもよかった。本人はそう言っている。そのためにクララを追ってシェリルを聖域に連れて行き、道を外れた場所にシェリルは放置。扉から出るところを精霊宮に仕えている者たちに目撃させる小細工もしていたようだ」
「真っ先にシェリル様が犯人だと思われたのはそのせいだったんですね」
「ああ。報告がなぜか錯綜していたため、初めは私も現場を目撃した者がいるのだと思っていた。それに状況証拠だけでもシェリルは一番疑わしかったからな」
七妃のひとりであるクララを蹴落とすという明確な理由がシェリルにはある。
誰にも気づかれずにやってのければ事故として片付けられた可能性は高い。
「下手をしたらあのままシェリルを断罪していたかもしれない。そう思うと、クララがシェリルは実行犯ではないと明言してくれたことに対してとても感謝している。もちろんクララが無事だったことが一番なのだが」
結局、クララはただ巻き込まれて、シェリルを嵌めるために都合がよかったから命を狙われた。ということらしい。
「だいたいの事情はわかりました。でも……」
「聞きたいことがあれば遠慮はいらない」
口ごもったクララに、被害者なのだからすべてを知る権利がある。わかっていることは教えるとオーティスが言った。
「あの時……私は突き落とされる前に『恨むなら、月精霊の加護もちである自分を恨みなさい』と言われたのですが、それはなぜでしょうか」
「月精霊の加護もち? 自白中にそんなことは言っていなかったのだが」
「そうですか」
「クララがというわけではなく、月精霊の加護もちにでも何かされて、嫌っていたのかもしれないな」
そうだとしても逆恨みではある。
「後日、執行官と供述調書を作成することになっている。その時にでも聞いておこう」
「ありがとうございます」
「ほかには何かあるか?」
「私はこのまま月の宮にいてもよろしいでしょうか」
犯人が捕まった以上、王宮に避難する必要もない。まして狙われていたのはクララではなくシェリルであったのだし。
「そうだな。クララがそれでいいなら、ここでゆっくり休むといい」
「そうします。イルサさんもいますし、これで安心して眠れます」
オーティスがやってくる前にうとうとしかけていたはずだけど、それはそれ。
(よかった。私やハイパー家が恨まれていたわけじゃなくて。こっちはなんとも思っていなくても、相手から敵認定されたらいろいろと厄介だもの。放っておかれるのが一番)
「こんなことは滅多にあることではないが、しばらくの間は精霊宮の警備を強化する予定だ。今後は心配しなくても大丈夫だからな」
「はい」
返事をしながら、安心感から子どものようなくったくのない笑顔を見せたクララ。
「クララは……」
オーティスが目を合わせながらぽつりと名前を呼んだ。
その後、次の言葉まで間があいたのでクララは不思議に思いながらも、オーティスの顔を凝視していた。
(壁にかかっている絵画の中の人みたい)
それは美しいという意味ではなく、人間味が感じられないからだ。
普通なら失礼な話なのでクララも口に出したりはしない。しかし、王族としての教育を受けているオーティスにとっては褒め言葉なので、万が一口を滑らしたとしても問題はなかったのだけど。
「クララはエリザベート嬢の妹であったな」
面識があったため気になったのだろうか。それとも二人の間に何かあったのだろうか。
無表情のオーティスからは何も読み取れない。
(エリザベートお姉様からそんな話は出たことがなかったけど)
「そうです。本当なら姉が水の宮に入る予定でしたが体調をくずしまして療養中でございます」
「そのようだな。話は聞いている」
「私のような者が代わりになれるかわかりませんが、よろしくお願いいたします」
「七妃などという名前はついているが、基本的な役目は月の宮で祈りを捧げることだけだ。だからクララも堅苦しく考える必要はない」
「かしこまりました」
それこそがクララが望んでいたこと。
「それでも、私は精霊宮に足を運び七妃たちと打ち解ける必要がある。また会いに来ることもあるが畏まる必要はないからな」
「はい」
淡々とした会話が続いたあと、事件に関してほかに何か新しいことがわかったら、その都度連絡をすると約束をしてからオーティスは王宮の自室へと帰って行った。
実は七妃としての面談も兼ねていたのだけど、そのことにクララ自身は気がつくことはなかった。




