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12 恥じらい

「申し訳ございません、私が目を放したすきにこんなことになってしまって」

「イルサさんのせいではありませんし、無事だったんですから、そんなに気にしないでください」


 オーティスによって部屋まで運ばれから、暖炉の前に移されていた大きなソファーの上におろされたクララ。

 すぐに着替えをする必要があったため、オーティスは会話を交わすこともなく部屋から出て行った。


 ネグリジェと部屋着用の厚めガウンで身体を包んでから、クララは横たわる場所を寝室のベッドに移す。


 現在はふわふわの羽毛布団の中にいて、お湯の入った革袋の湯たんぽが用意されていたので、それを抱いて身体を温めているところだ。イルサはそんなクララの髪をタオルで拭いて乾かしながら話をしていた。


「ですが私の落ち度で……」

「悪いのはあくまでも私の背中を押した

 犯人です。こんな状況ですし、私が頼りにできるのはイルサさんだけなので、これからも今まで通り私の専属として、いろいろ教えてください。謝られるよりもそのほうが嬉しいです」

「クララ様……なんてお優しいのでしょう。私はあなた様にお仕えすることが出来て本当に幸せです」

「優しい? そうでしょうか?」

「はい、おそらく七妃の中でクララ様より清らかな方はいらっしゃらないと思います」

「さすがにそれは大袈裟ですよ」

「そんなことはございません。私をお許しくださり本当にありがとうございます。これからはおそばを離れずに私が必ずお守りいたします」

「こんなこと、そんなにあったら困りますけどね」


 クララは苦笑いをしながら、よろしくお願いしますと言った。


 イルサは事件が起きた時、聖域の近くにはいなかった。辺りが暗くなってきたので、足元が見えている間に照明を用意しておこうと、精霊宮まで走って取りに行っていたそうだ。そのすきに何者かが女神の泉にやって来てクララを突き落とした。


 犯人もわからなければ、なぜクララを狙ったのかその理由もわからない。


『恨むなら、月精霊の加護もちである自分を恨みなさい』わかっているのはその言葉だけ。あとは声か。


 目撃者がいたのならあの場にシェリルがいたのは事実かもしれない。それでも、挨拶をしなかったというだけで、あんなひどいことをするだろうか。


(侍女に向かって手を挙げているような雰囲気はあったけど……でも……)


 クララがシェリルの姿を思い出していると、一度ベッドから離れていたイルサが戻ってきた。


「クララ様、もし起き上がれそうでしたら、こちらをお飲みください。身体の中から温まりますので」

「ありがとうございます」


 イルサが用意してくれたシナモンミルクティーを飲むために身体を起こす。


 ハイパー家では喉が渇いても、朝から部屋に置きっぱなしの水差しで水を飲むくらいしかできなかった。誰かが自分のために用意してくれたものであれば、それがたとえただの水だったとしてもクララは喜ぶだろう。


 心の中が暖かくなったし、シナモンミルクティーを口にしたことで、本当に身体がポカポカと温まり気分が安らいだ。


(事件が解決したら、それから先はここが私の居場所)


 クララは部屋の大窓から見える庭園に目を向けながら、初めて飲むシナモンミルクティーをゆっくりと味わう。


 飲み終わってからティーカップをイルサが片付けている最中に、なんだかんだで気が張りっぱなしだったこともあって、眠気が襲ってきた。


(少し寝ようかな)


 うとうとし始めたところ……。


「クララ様!」

「ふぁ? なに?」

「お休み中のところ申し訳ございません。犯人が、クララ様を泉に突き落とした犯人が見つかったそうです」

「え!?」

「今、応接室に王太子殿下がいらっしゃっておりまして、事件は解決したので王宮に避難する必要はないと伝言を預かっております。それから、クララ様の体調しだいですが、詳細をお聞きになりたいのであればお話してくださるそうです。いかがいたしますか」

「わざわざ王太子殿下が? すぐに行きます」


 クララはベッドから起き上がって、応接室へと続くドアに向かう。


「お待ちください、クララ様」


 イルサが止めようとしたけど、クララは首を横に振る。


「私のことなら心配しないでも大丈夫です。私ごときが王太子殿下をお待たせするなんて失礼すぎます」


 抱きしめていた湯たんぽをイルサに渡す。


「いえ、そうではなくて……」


 イルサが何か言う前に、そのまま、応接室に向かった。

 ドアを開けると元の配置に戻してあったソファーにオーティスが腰を掛けゆったりと美しい所作でお茶を飲んでいた。

 ところが……。


 扉から出てきたクララを目にしたとたん、オーティスの口の中でぶはっと変な音がしたあと、ゴホゴホとむせ始めた。


「だ、大丈夫ですか。背中をさすったほうがいいでしょうか?」


 驚いたクララは走り寄り思わず手を伸ばす。


「いや、こっちは大丈夫だけど、そっちが大丈夫じゃないのではないかと?」

「いいえ、私は身体が温まったので体調もよくなりました。その節は王太子殿下のお手を煩わせ、ここまで運んでいただきありがとうございました」


 クララがぺこりと頭をさげると、オーティスがそっぽを向いた。


「なぜそんなにどうどうと……目のやり場に困る……というか……誘っているのか」

「はい?」


 不思議そうにしているクララのうしろからイルサが手を伸ばした。急いでガウンの前を合わせてネグリジェを隠す。


「クララ様は王太子殿下をお待たせするのは失礼だとおっしゃいまして、ベッドから起き上がるとすぐにこちらへいらっしゃったのです」

「そうだったのか……」

「クララ様、お話をおうかがいする前に身なりを整えるお時間をいただいたほうがよろしいのではないでしょうか」

「ああ、是非そうしてくれ」


 クララは訳が分からないまま、イルサに促されて寝室に後戻りすることになった。


「髪がぼさぼさだったから……吹き出されてしまったとか?」

「それもそうですが」

「ネグリジェ姿が失礼だったのかしら?」

「ええ、さすがにそのお姿で人前に出るのはよろしくなかったかと思います」


 エリザベートように用意されていた夜着は丈が短く、デコルテも大きく開いていて実はかなり煽情的なデザインをしていた。

 荷物の中の寝間着にはふつうのものがひとつもなく、クララはそれを身につけるしかなかったのである。


 しかし、伯爵家でサイズが合わなくなるまで新しい服を買ってもらえなかったクララは、服の丈が短くなることもしばしば。

 貴族令嬢としての恥じらいがふつうに育っておらず、手足が露出することにそれほど戸惑いはなかった。


 他人と会うこともなく、貧相だったこともあり、エリザベートは可哀そうだと言うだけであったし、格好について指摘してくれる人間もいなかった。

 そのため、太ももが見えるほどの丈でも、実は本人はまったく気にせずに平気でオーティスの前に飛び出したのある。


「王太子様怒ってらっしゃいましたしね……」

「いえ、怒ってはいないと思いますが」

「ぷいってされましたけど?」

「それは、クララ様のお姿があまりにも魅力的すぎて困ってしまったのだと思います」

「私が魅力的? がりがりだしそんなはずは」

「がりがり? あり得ません」

「棒みたいだっていつもマリアンヌ様が」

「棒? クララ様が?」


 話がかみ合わないクララをイルサは姿見の前に連れていく。


「え? えええ?」


 そこに映っていた自分の姿を見て、クララは唖然とした。どう見ても女神と会う前の身体とは違っていたからだ。


 食べるものも最低限しかもらえなかったクララは貧弱で肉なんてほとんどついていなかったはず。

 それがなんと、グラマラス、そんな言葉が似あうほどの体型に変わっていて、薄手のネグリジェには体の線がはっきりと出ている。


「も、もとに戻してもらわないと。頑丈なだけで何も変わらないって言っていたのに……」

「もとに戻す? そういえば……昼間、お着替えをお手伝いした時とは体形が違うような」

「あ、いえ、そんなことよりも、王太子様の前にこんな服装で出たのはまずかったんですね」


(ここは見て見ぬふりをされていた伯爵家とは違う。人の目を気にして生活しないといけなかったのに。寝間着で王太子様に会ってしまうなんて大失態すぎる)


「今日はあんなことがありましたし、クララ様もベッドで温まっていらっしゃったのはご存じですから、それほど心配されなくても大丈夫だと思いますが」

「そうだとしても、すみませんイルサさん。すぐに髪とかきちんときれいにしてもらえませんか。王太子様に無礼な人間だと思われたら困るので」

「わかりました。では早速」


 着替えに時間がかからないタイプのドレスを選び、髪もとかし髪飾りでサイドをまとめ上げる。

 所要時間五分というイルサの神業で準備を整え、クララは応接室で待たしている王太子のもとへと向かった。


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