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10 二択

「説明を始める前に、時間がないので、まずはあなたに身体を選んでもらわないといけないわ」

「身体を選ぶ? とは?」


 訳がわからず、そこから説明してほしいとクララは懇願する。


「自分でも気づいていると思うのだけれど、今のあなたは霊体の状態なの」

「え? うそ?」


 女神に言われてクララが自分の両手を見る。透けているわけではないけど、確かになんとなく輪郭が薄いような気がした。


「私はいったいどうなっているんですか? もしかして幽霊になってしまったってことでしょうか?」


 今までと変わらず話すこともできている。

 痛いところもなければ苦しくもない。


 水に落とされたあの状況をクララはしっかりと覚えている。あれは間違いなく現実だった。

 それにくらべ、何もかもすっ飛ばし、こんな豪華な部屋でのほほんと座り心地のよいソファーで話をしていることに対しては現実感がまったくない。


(私の記憶が欠けていたとしても、あの状態で誰かに助けられたとしたら、ただではいられない。きっとベッドで寝かされているはず)


 だからこそ、目の前の女性を幽霊の仲間だとクララは思い焦っていた。


「いいえ幽霊ではありません。ですが、幽霊になるギリギリ一歩手前といったところかしら」

「一歩手前ってことは、死にそうってことですか?」

「それも正確には違うわね。あなたは一度命を落としているのだもの」

「え? どういうこと?」


「わたくし、とても暇だったの。あまりに暇すぎて、お話しできそうなあなたが逝ってしまうのを惜しいと思ってしまったの。それで、魂が霧散する直前にわたくしがこの世に引き留めたのよ」


 話を聞けば聞くほど頭が混乱するクララ。


「あの、あなたはいったい……」

「あら、言わなくても神々しさでわかると思ったのだけれど? 人間たちはわたくしのことを『泉の女神』と呼んでいるわよ」

「泉の女神様? あなたが?」

「ええ、そうよ」

「ああ、だから……」


 溺れて呼吸が止まったはずのクララを救うことができたのだ。

 それにぼんやりと自らが発光しているその姿は、間違いなく人外の美しさであった。


「それで、あなたを容器に入れないと、わたくしが手を離したとたんに逝ってしまうの。だから入れ物を選んでほしかったのだけれど」

「それで、あの三択ということですか?」


 美女と頑強な肉体と水死体。


「そうなの。どうせ生き返るのなら美しいほうがいいでしょう。それとも二度と溺れたりしないように強い身体のほうがいいかしら」

「本当に生き返らせてもらえるのなら、私はもとの身体を選びます。どうかお願いします」


 十五年分の愛着もあるし、突然別人になってしまったら、月の宮では暮らせない。

 それどころか、不審者や侵入者として捕まってしまう可能性が高いだろう。


「あれはだめよ。もう動かないのですもの。だから実際にあなたが選べる選択は二択なの」

「動かないって、もとには戻れないってことですか」


 女神が肯定なのかニコリと微笑む。


「それで、どっちを選ぶ?」

「どっちって言われても……見た目が変わるのは困ります」

「では決まりね。あなたには頑丈な容器に入ってもらいます」

「え?」


 その瞬間、クララは身体に何かがまとわりつく感触がした。しかし、それもすぐにおさまる。


「どうかしら? 生き返ったご感想は?」


 クララが急いで自分の手を見ると、ぼやけていた輪郭がはっきりとしていた。

 受肉したということだろうか。


「顔……顔はどうなって」

「大丈夫よ。見た目は以前と変わらないわ。入れ物は物理的に強いというだけで、それ以外は何も変わりません」

「あ、ありがとうございます。本当になんてお礼をいったらいいのか」


 女神の気まぐれでクララは命をつなぎとめた。そうでなかったとしたらそのまま死んでいてもおかしくはなかったのだ。それを実感したクララは深く頭をさげる。


「感謝してくださるのでしたら、たまにわたくしの話し相手になってもらえないかしら。あなたとはこうやって言葉を交わすことが可能なようですから」

「そんなことでしたらいつでも。でも、どうやったら女神様にお会いできるのですか」

「泉に入ればいいのよ。あなたのことはここに転送できるようにしておきますから」

「え、ですが、そんなことをしたら私はまた溺れてしまいます」


 女神の言葉に驚愕するクララ


「大丈夫よ。今のあなたの身体は、わたくし特性なのですもの」


 助けてもらった手前、拒否はできそうにない。クララは怯えながらもわかりましたと頭を縦に振った。


「あなたとはもっとお話をしたいところなのですけれど、人間との交信には条件があるの。今日は地上に戻してあげますから、絶対に会いに来てくださいね。約束ですよ」


 本当に心からクララは感謝をしていたし、神との約束を破れるわけもなく、こうしてふたりの交流が始まったのである。


 クララにしてみれば、とてつもなく強力な味方を手に入れた瞬間でもあった。


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