01 七妃に選ばれてしまいました
クララ・ハイパーは、産まれた時からついていなかった。
それは未婚の公爵令嬢に、父親不明のまま産み落とされたからである。
誕生したあとは、大人の事情で母親グレイシーの姉であるマリアンヌに押し付けられ、そのまま、マリアンヌの嫁ぎ先であるハイパー伯爵家の実子として暮らしている。
グレイシーとマリアンヌはもともと仲が悪かったし、他にもいろいろな事情があって、書類上の両親からは忌み嫌われていた。クララはハイパー家の厄介者としてずっと虐げられている。
「食べ物を口からボロボロとこぼすなんて、信じられないほどみっともない子だこと。周りにこんな子が娘だと思われるなんて、それだけでもとても気分が悪いのよ。マナーを覚えるまでは一緒に食事をしたくないわ」
「そうだな。躾の一環としてそうすることにしよう」
「わかりまちた。れんしゅうしましゅ」
ひとりで食事ができるようになっても、家族としての席は用意されることがなかった。物心ついた時から誰かと食事を共にしたことはほぼなく、いつもひとりぼっち。
「もう、何度言ったらわかるのかしら。こんなふうに服を汚したりするするなんて令嬢としてあり得ないわ。これではドレスがいくつあっても足りないじゃないの。これからあなたには平民が着るような服で過ごしなさい」
「汚してごめんなさい……」
与えられる服は、上からかぶるだけの簡素なワンピースだけ。伯爵家の令嬢とは思えないほど、いつもみすぼらしい格好をしていた。
「みんなと遊びたいですって? 何を馬鹿なことを言っているのよ。そんな姿で人前に出られたらハイパー家の恥になるじゃないの。そうじゃなくてもあなたは愚図なんだから」
「……わがままを言って申し訳ありませんでした」
お茶会や来客中は部屋に鍵を掛けられて外に出してもらえない。どこかへ出掛けることもなく、使用人以外と顔を合わすこともなかった。幼い頃からそんな日々が続いている。
それでも本人はそれほど不幸だと感じてはいなかった。
それは、姉になったエリザベートが心優しい少女で、不遇なクララを気に掛け、優しく接していたからかもしれない。
あとは、月精霊の宿主として加護もちになったことも少しだけ影響していた。
この世界には様々な精霊がいて、実際に目にすることがなくても人々はその存在を信じていた。
なぜなら、精霊は気に入った子どもに加護を授けることがあって、突然髪の色が変わるからだ。
クララも生後三ヶ月で白髪が黒髪へと変化した。間違いなく加護もちではある。だが……。
そういった子どもたちは、ちょっとだけ人より何かが秀でていたから、特別視されることもある。
しかし、普通はちょっとだけ物覚えがいいとか、ちょっとだけ力が強いとか、ちょっとだけ人より絵や歌が上手いとかそんな程度で、優秀に育つ子どもは加護もちでもほんの一握り。
クララの場合はちょっと秀でている部分が通常とは異なって『人外とちょっとだけ縁がある』という特殊なものだったから、表に現れることがなく、マリアンヌから、もともとの素質があまりにも酷すぎて、加護の力でなんとか凡庸になったのだと言われ続けていた。
そのため本人も自分の加護が特別なものであることに気づいていなかった。
◇
クララはハイパー伯爵家の次女として貴族籍はあるものの、出生は謎に包まれたままである。
疎まれているため、自由がなくて自分で何かを選択することは今まで一度たりともなかった。
そんなある日、ほとんど会話をしたことのないハイパー伯爵に呼び出された。
クララの父親である、ハイパー伯爵は、白色の髪が少しだけ青み掛かっている。こういった髪色になるのは、精霊が一度は宿主としたものの、すぐに離れてしまった場合が多い。ゆえに加護もちとは呼ばれない。
そんな父親の顔にはいつも眉間にシワが刻まれている。たまにしか会わないクララはこの表情しか見たことがなかったから、
(こんなに人相が悪くなってしまったのは私のせい? 性格まで悪そうに見えちゃうと思うんだけど、マリアンヌ様は気にならないのかしら)
なんてことをいつも考えていた。
クララからそんなことを思われているとも知らず、ハイパー伯爵が厳しい表情のまま口を開く。
「おまえが国守の七妃として精霊宮に入ることが決まった」
「七妃!? 私が!?」
「国が決めたことだ。騒ぐな、馬鹿者めが」
言葉を発したクララに、ハイパー伯爵が叱咤して、尚も睨みつける。
(あー、またシワが深くなっちゃう)
と思いながらも殊勝な態度で質問してみることにした。
「申し訳ありません。しかし、なぜ私なんかが」
「黒髪が少ないからだ。二日後から、おまえは精霊宮へ行って暮らすことになっている。時間がないからすぐに準備をしろ」
「二日後!?」
『国を守る七妃のひとりになるため王宮へ向かえ』と告げられたクララは、あまりにも急なことで驚いていた。いつもこんな感じで、クララに対しては何に関しても事後報告がほとんどだ。
(今回くらい重大なことはもっと早く教えてくれたらいいのに)
そう思ったとしても、見下すような視線を向けるハイパー伯爵に、お荷物扱いされているクララができることは「はい」と返事をすることだけ。
(でも、考えてみればハイパー家にとって目障りで邪魔者な私が、まともな理由でここを出て行くことが出来るのだから、家のためにもなるし悪いことではないのかもしれないわ)
「それはマリアンヌ様もご存知なのですか?」
「もちろんだ」
(だったら、何の問題もないかな)
クララは心の中でつぶやいた。ここであからさまに喜んだりしたらハイパー伯爵の機嫌がますます悪くなる。だから、感情を押し殺した。
視界に入れるのも嫌そうなハイパー伯爵は、クララの表情なんて見てはいないけど、刺激をしないように、いつもできるだけ無表情で接することにしていた。
(私が七妃になるなんて考えたこともなかったけど……七妃って何をするんだっけ?)
メルサイム国の貴族家は、古からの慣わしに従って、娘が国守の七妃に選ばれた場合、王宮の最奥にある精霊宮へと送り出す義務がある。
名誉職でもあるし、家の格が上がるから、娘が二度と家に戻れないとしても喜ぶ家が多い。
この世界に存在する七精霊は、百人にひとりの割合で加護を授けるといわれているのだけど、その中から、加護が強く優れていると思われる七人の令嬢が国から選出される。
決まった令嬢は、それぞれの精霊の力で国を守護するため、王宮の奥にある精霊宮という宮殿で祈りを捧げながら暮らすことになるという。
その七人は王太子の妻としての身分も所有することになるため総称を七妃と呼ぶのだ。
加護もちは髪の色が特殊で、強いほど濃い髪の色をしている。だから見た目で容易に判別ができた。
国民のほとんどが白髪をしているのに対して、加護もちになると、
月の精霊の加護をもつ人は黒髪
火の精霊の加護をもつ人は赤髪
水の精霊の加護をもつ人は青髪
木の精霊の加護をもつ人は緑髪
金の精霊の加護をもつ人は金髪
土の精霊の加護をもつ人は茶髪
日の精霊の加護をもつ人は銀髪
それぞれの加護をもつ七人の女性を、国王またはそれを継承する者が妻とすることで、国は守られ平和と繁栄を約束されるといわれている。
大昔に初代のメルサイムの国王がそんな神託を受けたそうだ。
七妃に選ばれたら、王宮の敷地内にある精霊宮のそれぞれの宮の主人として迎え入れられてから、その七人の妃の中で王太子から一番愛された者が正妃として選ばれ王妃の地位に就く。
そのため、精霊宮に入った令嬢たちは我こそはと昔からその座を競い合っていた。
そんな渦中にクララは放り込まれることになってしまったけど、王太子に会ったことすらないし、誰かと結婚するとか、男性に愛されたいなんて今までこれっぽっち考えたことがない。
(髪が黒いってだけで、月の精霊の加護については何も知らないのに、七妃になんてなってしまって本当にいいのかしら)
この時クララ本人こそが、その器ではないと一番感じていた。