最終話 ドロテさんは未来をねじ曲げる
こうして、紆余曲折がありながらも。
俺は相変わらずドロテと二人きりで、魔王を倒す力を身に付けるべく修行の旅を続けていた。
「なあ、ホントに城や森に寄らないでいいのかよ?」
噂では、魔王を討伐する勇者を探すべくリフニア王国のお姫様・マルセルが広く募集をかけている、という噂や。
優れた癒し手、と名高いアデーラなる森のエルフが打倒魔王のために旅に出た、という噂を耳にしており。
俺はドロテに何度も確認をしたのだったが。
「私以外に、仲間が必要か?」
などと言われてしまう始末だった。
確かに、考えてみりゃ。ドロテに習った気功とやらで、俺は自分の傷を治療出来るようになった。
それに、ドロテに毎日修行をつけてもらった成果は抜群に発揮されており。
つい先日も、ドロテと二人で近くの山を根城とするファイアードラゴンを倒してきたばかりだ。剣も槍も通さない、と聞いていたドラゴンの鱗だったが。
俺の蹴りや剣も、ドロテの拳も面白いほどにドラゴンの鱗をバキバキと破壊していき。驚くほど簡単にドラゴンを倒すことが出来た。
おかげで軍資金もガッポリと稼げて。
宿泊費や食費、路銀などの心配は一切なくなった。
「だよなあ……今さら、城で王様に会うとか、考えただけでゾッとしてくる」
「ははは、キーレは人に接するのが苦手だからな」
「う、うっせぇ」
女のくせに、俺より遥かに背の高いドロテに頭を撫でられながら、子供扱いされたことに。思わず憎まれ口を叩いてしまうが。
(まあ……確かに、人付き合いは苦手だしな、俺)
この異世界ファントアに転移してくる前の俺は、どこにでもいる普通の根暗なオタクだった。人と話すよりも自宅に籠りゲームが得意な。
この世界に来て、ドロテと二人で修行の旅を続けるようになり。だいぶ俺の人見知りな性格も改善されたと思うが、それにはドロテの影響が強い。
「ん? どうした、私の顔に何かついてるか?」
「い、いやっ、何でもねえよっ……」
恩人の顔をジッと見てると、俺の視線に気付いたドロテがにっこりと微笑んできた。
思えば、俺はドロテに格闘技を学ぶ先生と生徒以上の感情を持ってしまっていることに気が付いた。
「まあ……魔王なんて、俺とドロテだけで充分に倒せるもんな、な?」
どうやら俺は、勇者などと大層な名前で呼ばれるだけの才能はあったらしく。
異世界ファントアにある、あらゆる属性の魔法をほぼ使いこなすことが出来た。ドロテが足りない分は俺の魔法の支援があれば何とか解決出来るはずだ。
だから今さら、他の仲間を加えて。この居心地の良い関係を邪魔されるのは、俺としても勘弁願いたい。
こんな事、本人には絶対言えないが。
そんな俺の気持ちを知らないドロテは。
「ああ、私とキーレなら絶対に魔王を倒せる! それは師匠である私が保証してやる」
と、相変わらず頭を撫で回しながら、俺を子供扱いしてくる。
ホントにイヤなら無理やり突き放すことも出来る。いくらドロテが大柄でも、修行の成果か今や俺のほうが力は強い。
それでもドロテのなすがままにされてるのは、頭を撫でられるのも、子供扱いされるのも彼女にされるのなら嫌いではなかったからだ。
しかし、事件はその夜、宿屋で起きた。
ドラゴンの報奨金で財布に余裕のあった俺たちは、それぞれ個室を取って寝ていたのだったが。
「……うーん……何か……暑くて、寝苦しいなぁ……」
寝るまでは、別に外気が暑いと感じることはなく。むしろ、少し肌寒いくらいだったのに。
やたらと蒸し暑かったためか、目を覚ました俺は。
「なっ⁉︎……な、なななな──」
目の前のあまりの光景に言葉を失う。
何故なら、個室だったはずの部屋に何故かドロテが侵入し、ベットに潜り込んで俺の隣で寝ていただけではなく。
隣にいるドロテは何も着ていなかったからだ。
(な、な、何でドロテが裸っ? いやそれよりも部屋にゃ鍵あったよな?)
しかも、ガッシリを俺の背中に腕を回し、離そうとする気配など微塵も見せない。
最近になって、俺はドロテより力が強くなったとばかり思っていたが。どれほど力を込めたところで、ドロテの腕を振り解くことは叶わなかった。
おそらくは、ドロテは就寝時に裸なのだろう。
そして、寝ぼけて自分の部屋ではなく俺の部屋に入り、そのままベットに潜り込んだ。
そう……これは「事故」だ。
なら、俺の理性が沸騰し、溶けてしまわぬうちにドロテを起こして部屋に戻ってもらわないと。
(この際、誤解でドロテに一発殴られる程度は覚悟しとこうな、俺……)
事故だとはいえ、裸を見てしまった以上は致し方ない犠牲とも言える。
俺は覚悟を決めて、ドロテを起こそうとするが。
「おい、ドロ──」
「……う……ん、キーレ……すきぃ……だい、すき……い……」
ドロテが発した寝言に、俺の手と口は固まってしまう。
おそらくは、ただの弟子か弟分程度にしか思われていないだろう、とばかり考えていたが。ドロテは、俺の事が好きだったらしい。
「マジ……かよ、っ」
俺はドロテを振り解くのをやめ、彼女がこちらを抱きしめるままに身を預け。
目の前にあった豊かな乳房に顔を挟んで、目を閉じた。
(もう、魔王を討伐するとかどうでもいいや)
こうして。朝起きて、ひと騒ぎあったものの。
ドロテの気持ちを知った俺は、何とか勇気を振り絞って「好きだ」と告白し。
俺とドロテは晴れて恋人同士となった。
そんでもって、今は近くの街や村を回って魔王の配下を討伐しながら報奨金をせっせと稼ぎ、貯めている真っ最中だ。
何処かの街で、俺がドロテと暮らすための家を買うために。
(⬛︎ドロテ視点)
つい最近、リフニア城から一通の手紙が届いた。
その内容は。
『いつまで勇者の育成に手間取っている? 早く魔王を倒すための駒に仕立て、城へと連れて来るのだ』
と。
キーレに絡まれ、彼が異なる世界から来た勇者だと知ったその時。アタシは忠誠を誓っていた国の王子であるエリク様に伝書鳩を飛ばし、勇者が手元にいることを報告した。
するとエリク王子は、キーレを「魔王を倒す道具」として利用する計画を立て。アタシにも協力を要請したのだった。
最初、生意気なキーレを鍛えてやっていたのはエリク王子の計画があったからなのは否定しない。
でも、今は違う。
キーレと過ごすうちにアタシはすっかり彼の虜になってしまった。
こちらの世界の常識が分からずに不安がる時の、雨に濡れた子犬のような顔も。
アタシが教えた技を何度と失敗し、悔しがる時の生意気な表情も。初めて成功した時の、歳相応な素直な笑顔もまた。
野菜が嫌いだったり、初めての人に話しかけるのを躊躇するところだったり。果ては、キーレの身体の匂いすらもたまらなく愛おしい。
だからアタシは、届いた手紙をビリビリと破いてバッとその紙片を散らしてしまう。
「ゴメンね、王子様……王国に忠誠を誓った格闘家ドロテはもういない。今、ここにいるのは。キーレという一人の男を愛してる、一人の女なんだよ」
アタシはキーレを王国に売るつもりは微塵もない。
だって今のアタシの腹には。
「ふふふ。よしよし、そんなに暴れるな。すぐに父親も帰ってくるからな」