第三話 ドロテさんは仲間を欲しない
オレは今、リフニア王国という国家にある都市グリーエンを拠点として、魔王を倒すための修行をしている最中だった。
これでもオレは、この異世界ファントアに現代日本から送り込まれてきた勇者……のハズなのだが。
「ふぅ……何とかドロテは巻いたみたいだな……っ」
建物の陰に隠れたオレは、今自分が駆け込んできた道とその周囲をキョロキョロと見渡していく。
その姿は勇者というより、警察に追われたコソ泥のようだ。
どうやら追っ手、といっても本当にこの異世界ファントアの警察とも言える衛兵らに追われているわけではない。
オレが逃げているのは、現代日本から来たばかりで魔物と戦う方法など知らなかったオレの戦闘の師匠であるドロテという女格闘家からだ。
先程、この近辺を荒らし回っていた賞金首の野盗どもを討伐してきたばかりなのだが。
少々バテて座り込んだところを、ドロテの怪力で抱えられ、宿に連れ込まれる寸前に何とかふりほどいて逃げ出したのだ。
あのままだったら、きっと。
〇〇〇〇の〇〇〇〇を、〇〇〇〇に〇〇〇〇までさせられていた……に違いないからだ。
「さて、ドロテに居場所を嗅ぎ付けられないうちに、野盗を討伐した報酬を貰っておくか」
オレは周囲に気を配りながら、野盗の討伐を依頼してくれた酒場へと入り。早速見つけた店員の女の子を呼び止めて、持ってきた討伐の証拠を手渡した。
戦国時代とかなら証拠に「首を持ってこい」と言われそうだが、さすがに十以上の野盗の首を持ち歩きたくはない。
だから、身体の一部分をチョン、チョンと。
「お、おお?……おおお!」
「す、凄いっ……まさか本当にあの連中をっ?」
呼び止めた女の子と、年上のお姉さんがオレが提出した証拠を確認しながら、オレと袋の中身を交互に何度も見てくる。
オレとしては……女の子が袋に入った人間の身体の一部を見て気持ち悪がらずにいるほうが不思議なのだが。
それが異世界ファントアの常識なのだ、と最近は納得するようにした。
「お疲れ様ですキーレさん。こちら、今回の野盗討伐の賞金になります」
「さっすが今グリーエンで一番の話題のお二人です!」
ん?
確かにちょっと可愛い女の子と綺麗な感じのお姉さんに褒められるのは、少し報われた感があって実に良い気分なのだが。
今、年上のお姉さんが言った言葉の中に気になる単語が含まれていたのだ。
「あ、えっと……一番の話題って、一体どういうことなのか、少し詳しく聞かせてくれないかな?」
オレの質問に、二人は顔を見合わせると。
ケラケラと軽く笑いながら言葉を返してきた。
「え?……だってキーレさんが来てから野盗だけじゃなく、もう立て続けにこの街周辺の厄介な魔物を退治してくれてるじゃないですか」
「あ。あー、えっと……」
そういや、ドロテとの修行という名目で色んな魔物と戦わされた記憶がオレの脳裏に蘇ってくる。
ゴブリンの巣穴に放り込まれたり。
食糧確保にどデカい魔物狩りに付き合わされたり。
そのたびに、何度オレは死にかけたか。
普段のドロテはオレに気持ち悪いくらい優しくしてくれるのだが、戦闘技術を教えるモードとなるとまるで別人になったようにスパルタとなる。
まあ、そのお陰で野盗二人を相手にしてもものともしないレベルにまで、剣の腕は上達したのだが。
「いや、冗談抜きで……回復役さえ揃えれば王国でも五本の指に入るくらいの勇者になれちゃうんじゃないですか?」
まあ、オレがその「勇者」なんだけどね。
でも確かに、オレもドロテも回復魔法が使えないのは今後色々と困った事態になるのかもしれない。
ゲームでもパーティーに一人、プリーストやアコライトなんかの回復要員は必須だったからな。
今後について考え込んでいたオレを見たのか、綺麗なお姉さんがおそるおそる提案を口にする。
「えーと……もし、キーレさんが仲間を募集してるんでしたら、知り合いにそれとなーく声を掛けておきましょうか?」
「それは助か──」
まさに渡りに船だ。
お姉さんの提案を快く承諾しようとしたその瞬間だった。
「ここにいたのかキーレっ!」
背後から絡みついてくる二本の腕と、背中に触れるしっかりとした体格。そして……二つのボリュームある柔らかな感触。
そしてその直後、背中からのしかかってきた重量をオレの両膝は支え切ることが出来ず、背後から組ついてきた人物に押し倒されてしまった。
「げ、ど……ドロテっ」
振り返ると、そこには巻いたハズの見知った女格闘家の顔があった。
「げ、じゃない。私を振り解いて逃げたと思ったら、こんな場所で女の子を口説いているとはな……見損なったぞキーレっ?」
「戦闘で疲れたオレを宿に連れ込もうとしたヤツが言うセリフじゃねえな、それ」
「むぅ……よいではないか。それより──」
ドロテは、背中からオレを床に押し倒していちゃついていたのを不思議そうに見ていた二人の女性に気付いたようで。
「キーレはまだまだ私と二人っきりで修行せねばならんのだ。よって、今はまだまだ仲間を募集するつもりはないんだ、済まんな」
「あっ、は……はいっ……」
二人を指差したドロテは、あろう事かお姉さんが善意でオレに提案してくれた三人目の募集をピシャリと断ってしまったのだ。
これにはさすがにオレも、ドロテに文句の一つでも言わないと気が済まない。
「お、おいっドロテっ、な、何勝手に断ってんだよ、回復役がいなきゃこれから先キツくなる……って、お、おいっ──」
だが、文句を言おうと立ち上がったオレの腕をドロテが掴むと、怪力を発揮して有無を言わさずに店の外まで連れ出されてしまった。
建物の路地に入ったところに連れ込まれて、ようやくドロテはオレの腕を離してくれた。
「どういうことだよ、ドロ──」
「なあ、キーレ……お前は、私と二人きりの旅では……その、い、嫌か?」
すると、ドロテはいつもの凛々しい態度ではなく、オレから目線を少し逸らしながら。拗ねているような、それでいて頬を赤く染めた表情でボソリと「二人でいたい」と言ってきたのだ。
不覚だった。
その仕草に、オレは思わずドキッとしてしまう。
く、くそっ……そんな顔をされてなお「仲間が欲しい」とは言えないじゃねえか!
「わ……わかったよ、ドロテがそう言うなら、三人目を探すのは……もう少し後にしようか」
(⬛︎ドロテ視点)
街に入った途端に暴れたキーレに振り解かれ、宿に連れ込む前に逃げられてしまったアタシは。
通りの隅っこで、激しく自己嫌悪に陥っていた。
「く、くそっ……本当なら褒賞金を貰って気が大きくなったところを褒めてあげて、酒に酔わせて宿に連れ込む作戦だったのに……」
いや、正確には自己嫌悪ではなく。
自分の辛抱の無さで、当初からの計画が破綻したことに落ち込んでいたのだった。
「だ、だが仕方がない……仕方がなかったのだ……」
アタシは野盗討伐の際のキーレを思い返す。
野盗二人を相手にしながら、彼はアタシが教えた格闘技術や剣技を十全に発揮して、見事に撃退してみせた。
その時に見せた、凛々しい顔。
「キーレのあんな真剣な眼差しを向けられたら……身体が火照ってくるのは当然だろう……くっ♡」
本当なら今頃は普段泊まっている宿ではなく、もう少し街の奥にある色街。
少しばかり大きな声が漏れたとしても平気な宿の一室を借りて、キーレにアタシの全てを知ってもらう大人の関係を、と思っていたのに。
ふとアタシは、その色街を見て考えることがあった。
「そう言えばキーレは、アタシというものがありながら……よく他の女に目をやることが多いな」
キーレはアタシとの二人旅が不満なのか。
ちょくちょく街にいる同じくらいの年齢の女の子や、歳上の女性などに声を掛けたりするのだ。
「そんなに……アタシは魅力的でないのかな?」
アタシは、あらためて自分の身体を見やる。
これでも長く伸ばした黒髪は、髪が荒れないように何日かに一回は植物を絞った油を使ってツヤをだすようにしているし。
リフニア王国で名の知れた美人格闘家として活躍していたこともあって、腰や脚はキュッと引き締まり、それでいて豊かな張りを保った両乳は色街にいる娼婦にだって負けてはいないハズだ。
顔立ちだってそれなりだ、と自負している。
にもかかわらず、だ。
今回のように素直にキーレに好意を向けても、上手くかわされてしまうのだ。
「むぅ……やはりキーレはアタシのような日に焼けた褐色の肌よりも、色街にいるような透き通る白い肌が好きなのかもしれないな……」
だが、さすがに肌の色をすぐに褐色から白くは出来ない。
「はぁ……どうしたものかなぁ……キーレよ」
そう考えると、アタシは深く溜め息を一つ吐くのだった。