ニセヴィーラ
09 ニセヴィーラ
作戦は完了した
無事にとは言えないけど
負傷者はいるが大事には至らず、ひとまずは基地に戻り休息だ
…問題はエルヴィーラだ
戻ってきてからも青ざめた顔、冷たい体は異常事態でトレスと共に指揮官室で様子を見ている
常駐している医者にみせたがさっぱり
時間経過と共に顔色も体温も戻り
異常なしの状態になった
なってしまったにもかかわらずエルヴィーラは目を覚まさなかった
「……寝てたか」
エルヴィーラの寝ている臨時で用意したベッドの傍らで座ったまま眠りこけたらしい
「おはようございます指揮官……私が見てますからお休みになってください」
ベッドの反対側にいたのはアカナだった
そのまま現状を教えてくれるが特に問題のない休息日との事
トレスも眠っているらしいが、エルヴィーラが起きれば万事おっけーと言ったところ
…エルヴィーラが起きればだが
「こんな症状は私も知りませんが、かと言って指揮官ができることもないです……酷いこととは分かってますが明日からも作戦は続きますよ」
このままエルヴィーラが起きなくても作戦は続行しなければならないということだろう
でもだがしかしな…
ううん…
側にいてやりたい、目を離したらいけない気がするんだよな
片手間に作戦できたりしないかね?
…片手間、オート、オート機能がゲーム時代にはあったな
「オートか」
「え?」
「いや、なにもだ……できそうなら報告する、席を外す」
「はぁ、……いや、寝てくださいよ?」
「おうけいおうけい」
そんな口調で奥の部屋、指揮官室に入る
相変わらずな簡素な部屋だが
一応タブレットをいじりたいからな
ベッドに座りタブレットを弄る
オート機能を探しに設定やら何やらを見ていく
……いつの間にか横になり
……いつの間にか眠っていた
◇
目を瞑っていたが
チラチラと点滅するような光を感じて目を覚ます
眠ってしまったか、というちょっとした後悔と気だるげさを感じながら体を起こして
……「あ?」
外の様子に目を丸くした
空が燃えていた
火事だ
急いで指揮官室へ行くが
そこには誰もいなかった
アカナも、トレスも
エルヴィーラも
空のベッドだけが残されている
急いで指揮官室からも出ると鉢合わせる
「うおっ!」
「おっと…指揮官!やっぱり指揮官室にいるんじゃないか!」
慌てた様子のセロが剣を雑に持ちながら手を掴んできた
「アレの正体とか!何か知らないのか!」
引っ張られるように歩くが、セロが何を言っているのかは分からない
「ちょ、ちょ!状況を説明してくれ、なんで基地が燃えてるんだ」
「エルヴィーラが暴れてるんだよ!」
「なっ……はっ!?」
その瞬間、大きな雷がすぐそこで落ちたようだ
ピシャァん!と音がした後に何かが倒れる音がする
そのままセロに現状報告をしてもらいながら建物から出る
「…あの、ドロはなんだ?」
なんて言うか、海坊主の巨大版
いや、空想の海坊主は海から出てないだけで巨大なんだろうけど
シーツを摘んで引っ張ったらできるような、山のようでありながら流動的な、某ゲームの液体スライムがやけに盛り上がっている感じ
そんなドロ、巨大な泥の化け物が紫電を纏いながら動いていた
「はぁ?あれは、どう見ても、エルヴィーラじゃないか」
「……巨大なエルヴィーラとでも?」
「そうだけど?」
言葉に少々トゲが、怒り気味に返答してくれるセロ
ほんの少し似たようなことがあった気が
そう、フウラはいつかのニセヴィーラを本物とか言ったんだ
「あれは、あの時の敵なのか?」
「呼びかけても返事を返さないから敵の魔法とかなんだろうけどさ、どうにもおっきいからやることの規模がデカくて…前線ももちそうにはないよ」
ニセヴィーラが現れてから基地にいる全員、控えも含めて総動員して魔法に抵抗したり潰されないように対応しているという
「アカナとトレスは?」
「指揮官の代わりに指示を出してるけど、どうにも要領はよくない、ていうか指揮官は今学園の方にいるから基地には居ないなんて嘘じゃないか!」
セロは拉致のあかない戦闘を打開するべく学園の方へ、無論いる訳もなく突っぱねられとりあえず指揮官室に行くと俺と出会ったわけと
アカナに騙されていたわけと
…どうしてアカナが騙すんだ?
「アカナの所へ案内してくれ」
正直ニセヴィーラをどうにかする方法が思いつかない
だいたいこれなんだよ、基地襲撃イベントとかか?
襲撃されないようにするためのゲームだろうて
◇
小さなテーブルを囲んだ三人組が見えてきた
「アカナさん!指揮官室にいたじゃないか!」
セロが怒りながらアカナに詰め寄る
「クァトロはここにいたら陣形に穴が空くぞ!」
セロにクァトロと呼ばれたエルヴィーラはただ黙っていた
そう、エルヴィーラがいた
アカナと、トレスと共に、テーブルの横に
間違いなく本物だ
なんか黒いモヤが出てるけど
本物だ、ついでに新衣装
そんで三人とも目が死んでる
ちょっと伏せ目がちでぼーっとしているような
「指揮官!指揮を取って、あのエルヴィーラを止めないと」
ややこしいなおい
「しき…かん」
「しき…しゅき…」
「……様」
三人がゆらりとこちらを向く
ちょっと怖い
バチッと音がした瞬間には真横にエルヴィーラがおり、肩に頭をコテンと乗せてきていた
アカナは小走りで近寄ってくる
反射的に逃げようとするがエルヴィーラに腕を取られて…ホールドされて逃げられなかった
アカナは猫が擦り寄ってくるような、頬ずりしてきた
……無言で
トレスはロボのようにギクシャクしておりこちらに近づく途中で止まった、赤面している
「はは、両手に花だな」
「指揮官…そいつ……じゃあ!?」
セロもさすがに気付く
外のアレはクァトロということに
そんで…
視界の端に映るタブレット
そこに表示されるのは「好感度がMAXになりました」という文字
ゲーム時代では好感度限界突破ボーナスというのもあったが
さすがに早すぎる気もする
それなりにやって半年ほどかかるエンドコンテンツの一種だ
でもなぁ
アカナもエルヴィーラも無表情なんだ
何となく、感覚だが
まるでNPCのような
機械的な感じなんだ
そんなことを思った瞬間
アカナにキスされる
驚いているうちに口の中に
苦くて、熱い
「ごホッ!?」
仰け反って口の中のものを吐く
黒いスライムのような物が吐き出された
「おえぇ…」
苦味が口の中いっぱいに広がる
鼻は気付いた時には機能してない
アカナとエルヴィーラ、トレスの三人はクスクスと笑うと泥山、クァトロだろう元へ走り出した
「指揮官!?これは…毒?水、水魔法をっ!」
視界がグラグラし始める
おいおい、飲み込んでないぞ?
ちゃんと立とうと必死になってるうちにスタメンの皆が集まってきた
「おい!どーゆことだ!」
ドスが怒鳴ってくる
俺もよくわからん
口元を誰かの手で覆われたと思った時には口の中にものすごい勢いで水を噴射されていた
「おがはっ…」
口から吹き出して手が外れて顔もびちゃびちゃになったが幾分かスッキリした
顔を上げると新しく入った子達だろう元学園生を蹴散らしながら
クァトロ、エルヴィーラ、アカナ、トレスが歩いてきていた
「シキ、シキカン」
クァトロはその体をボロボロと落としながら小さくなっていく
小さくなるほどに人型に、クァトロの元の姿になっていく
相変わらず三人は喋らない
「な、エルヴィーラが二人…」
「今クァトロじゃなかったか?」
「指揮官!どうなってんだ!」
「指揮官はん、これって」
いつの間にやらフウラに肩を借りて立っていた
「泉の時みたいだなぁ」
ここまで来ればまぁわかる
クァトロの正体に
敵じゃねーか
「おさえるけど…ええんよね?」
「聞くまでもないだろ!」
「いくよ!」
フウラが聞くがクァトロ達はやる気満々なのかこちらに手を向けてきた
驚いたのは四人とも手に紫電を纏っていることか
スタメンの皆が走り始めた瞬間
紫電が走り、アカナとトレスの姿が消える
一瞬の間に地面に押さえつけられるスタメンたち
「エルちゃん…」
エルヴィーラはフウラを片手で持ち上げ、もう片方の手で俺に電気を流していた
体の制御が効かなくなる程度の弱い電気
そしてゆったりと歩いてくるクァトロ
「ぐぅ……目的は、なんだ」
殺すのなら何度もできただろう
基地で暴れて雷を落とし
変な物を口に入れて
わざわざ全員が集まってから組み伏せる
目的がみえない
なんならエルヴィーラを使えば口の中に毒をぶち込むことも可能だろうに
痺れからか少し中腰になってる俺の前にクァトロが立つ
ニヤリと笑い
「ワタ、シ
……アイシ、テ、スキ」
場が凍る
クァトロの口から出たのは何故か告白だ
そのままクァトロにキスされる
みんな唖然としており囃し立てるやつはいない
口の中に再び毒だろうドロっとしたものが入り込む
しかし口は未だ塞がれており
……長いキスの間に空気を求めるように飲み込んでしまう
「ヤット…」
「ごホッ…ゴホッゴホッ!…なにを飲ませた」
「…」
ふいと顔を背けるクァトロ
まぁ言うわけが無いか
「シコミはすん、ダ
…あとは、シラナイ」
そう言うと顔がひび割れたように崩れていく
割れて出てきたのは今度こそ海坊主のような泥の塊
目と口のようなくぼみがありうめき声が辺りに響く
その大きさはどんどんと大きくなり
一軒家ほどの大きさになった
先程よりは小さいが…
「ここ…は」
「うう…頭が痛いわ」
示し合わせたように起き上がるアカナとエルヴィーラ、トレスは頭だけうごかしている
「…正気に戻ったのか?」
「…指揮官?何してるのよ」
腕をエルヴィーラに掴まれているんだが…
「みんな!動けるか!?」
「おう!」「いけるよ!」
「はい!」
スタメンの面々が起き上がる
クァトロの戦闘とアカナとトレスの電撃を受けた上での連戦だが
「ここが踏ん張りどころだ!見たところアイツは理性がない!」
おうおう言ってる泥のクァトロは手当たり次第に建物を殴りつけている感じか
理性も知性も感じられないしエルヴィーラ達も洗脳?は解けたようだ
「畳かけろ!」
スタメンに加えて控えの元訓練生達
数で押して、終わりだ!
◇
泥のクァトロは倒された
無抵抗に近いか、抵抗させない程に攻撃を加えたか、最後は呆気ない最後だった
アカナとトレス、エルヴィーラは意識に混濁が見られておりしばらくは安静
基地の建物の損害が大きいため攻略作戦はストップ
むしろ改めて編成し直す、立て直す機会となった
重傷者はかなりの数となり軽中傷者も数え切れない程で治療師は足りなくなったりもしたが、幸いにも死亡者はいない
そう、クァトロも含めて死亡者はいなかった
泥の中からクァトロが出てきたからだ
しかし覚えてないどころか俺のことは知らないとすら言う
基地の隣の冒険者街にも被害は少なくないためクァトロの件は後回しとなった
対応する場所も人もいないのだ
最後に何か飲まされた俺だが…体に特に異常はない
クァトロの目的は不明のままだ
「ねぇ指揮官」
「なんだ、エルヴィーラ」
「あんた、もしかしていらないんじゃない?」
「ほう、そう思うかエルヴィーラよ
…奇遇だな、俺もそう思い始めてる」
「ふふ、ついでに私もいらない気がするわ」
アカナとトレス、エルヴィーラと自分の四人で後処理という基地運営を再開したが
アカナは何をそんなにつき動かしているのか、という程に全てに対して全力を尽くしていた
トレスはそのサポート、書類の仕分けから休憩の準備などをしており
二人の効率の良さは俺とエルヴィーラが入るとかえって邪魔になるほどだ
シンプルに凄い
ちなみにやはり記憶というか電撃を仲間に流した反省…とかそういうことでもないらしい、覚えてないらしいしな
そしてサラサラとやっていくうちに一言
「あ、作戦運用もできる気がしますね…」
何気なく呟いてただけに傷ついた
いいし…タブレットで見るっていう仕事はあるから…
基地の再建はそう時間のかかることではなかった
魔法さまさまである。