姫神ヒロムは強いのかの検証実験
辺り一面白い空間。そこに赤い髪の少年が立っていた。ボサボサの髪、ピンク色の瞳、青いジャージの上下を着た身長約170cm程の少年は周囲を見渡すとどこか鬱陶しそうに舌打ちをする。
「ワケの分からねぇとこに連れてこられたな……。面倒くさい、人の昼寝を邪魔しやがったバカがどこかにいるなら殺してやる」
不機嫌になる少年はこのワケの分からない白い空間へと自分を連れてきたとされる犯人を探そうとしたが、そんな彼の前に1人の男が現れる。黒いスーツに身を包みサングラスをかけ左耳にサイコロのデザインのピアスをつけた男。明らかに怪しい男の登場に少年がアクションを起こそうとすると男が先に言葉を発した。
『よく来たね、オレのクリエイティブなワールドへ!!』
「……この声の感じ、オマエは人間じゃないのか?」
『少し語弊があるね。オレは肉体を持ってキミの前に現れることの出来ない身だからホログラムとして投影させることで代用してるのさ』
機械音か電子音のような声、人とは思えぬその声を前にして少年は違和感を感じずにいられず男に何者かを問う。問われた男は自身が投影されたホログラムで少年の前に姿を現したことを明かす。ホログラムであることを明かした男は続けて少年について語っていく。
『キミの名は姫神ヒロム、《レディアント・ロード》と呼ばれる作品において主人公を務め作中では最強と評すものがいると書かれている強い人間だ』
「……コイツはアレか、第四の壁とかその辺のは無視してる感じか」
『そんなところだよ。ところでさ……キミは本当に強いの?』
「あ?」
『結局のところさぁ、キミは主人公だから強めに書かれてるとかご都合主義でそう仕立てられてるとかの可能性があるわけじゃん?そんな疑いが向けられているキミが物語の中心に立っていいのかなぁ?』
「何が言いたい?つうかその主人公だの作中では最強だのってのは作者の都合のいい書き方でオレに押し付けられたものだ。オレにとやかく言うのはそもそもが間違……」
『だから試させてよ……姫神ヒロムは本当に強いのか検証実験でね!!』
男の言葉に赤い髪の少年……姫神ヒロムがイライラしていると男は楽しそうに指を鳴らす。指を鳴らすと男の前にガトリングガンを構えた迷彩服に身を包む兵士が10人現れる。
『レベル1……彼らの攻撃を全て避けて生存せよ。弾の数は1人あたり1000発、総数1万発を1発も当たらずに生存出来なければゲームオーバーだから気をつけてね!!』
「……くだらねぇ」
撃て、と説明と言えるか分からない話を終えた男が指を鳴らすと兵士10人が構えるガトリングガンが火を吹くように次々に弾丸を放ち、放たれた弾丸は姫神ヒロムを襲うべく迫って……いこうとしていたが、弾丸が放たれると姫神ヒロムは兵士たちに接近しようと走り出し次々に迫ってくる弾丸の雨に自ら向かっていく。弾丸に自ら向かっていく姫神ヒロムだが、弾丸と弾丸の僅かな隙間をくぐり抜けるかのように素早くかつ無駄のない動きで避けながら兵士たちとの距離を縮めていく。
弾丸を避けながら距離を縮めていく姫神ヒロムはある程度近づくと地を強く蹴って兵士の1人の前に一瞬で移動すると拳を叩き込むことで兵士を殴り倒す。1人を殴り倒した姫神ヒロムはほかの兵士がこちらに気づく前に目にも止まらぬ速さで動くと1人、2人と次々に兵士を倒していき、わずか数秒で兵士全員が地に伏すように倒されてしまう。
『……は?』
「避けるもクソもねぇ。倒しちまえばクリアも同然だろ」
『なるほど……。この程度じゃ物足りないってことだね。
ならレベル2だ!!』
姫神ヒロムが10人の兵士を倒しても終わらせようとしない男が指を鳴らすとどこからか軍用の装甲車が猛スピードで走行しながら出現し、現れた装甲車はまだ速度を上げながら姫神ヒロムへと向かっていく。
『レベル2はこの暴走する装甲車を相手に1時間逃げ切ればクリ……』
「ウザイ」
男の説明を聞こうとせずに姫神ヒロムは走り出し、走り出した姫神ヒロムは装甲車の方へ向かっていく中で右の拳を強く握る。
「この程度でオレを殺せると思うな」
地を強く蹴り、そして拳に力を溜めると姫神ヒロムは接近してくる装甲車を殴るように拳撃を放つ。
終わったな、姫神ヒロムの行動を前にして男は終わりを確信して笑みを浮かべる。おおよそ人が人力で止められるような速度で走っていない装甲車を正面から殴る、そんな真似をして無事にで済むはずは無い。まして生身の人間、そんなことをすれば……
男が笑みを浮かべる中で拳撃を放つ姫神ヒロムと彼に迫っていく装甲車との間で何やら轟音とも呼べるような大きな音が響く。間違いなく姫神ヒロムは終わった、男はそう確信しているような顔だったが……現実は違った。
轟音とも呼べるような大きな音が響くと同時に装甲車のフロント部分が大きく破壊され、フロント部分が大破した装甲車が勢いよく吹き飛ばされる。姫神ヒロムが轢き殺されると思っていたであろう男は驚きを隠せぬ顔でその光景を見ており、猛スピードで走行する装甲車を素手で殴り飛ばした姫神ヒロムは首を鳴らすと男に向けて言った。
「轢き殺せるとでも思ったか?悪いが鍛え方が違う。この程度なら……何度来ようが返り討ちにしてやるよ」
『はぁ?何それ?装甲車だよ?今の軽く言っても100キロ超える速度で走ってたんだよ?それを何、素手で殴り飛ばした?ふざけんなよ……オマエもオレの大嫌いなチート無双野郎かよ!!』
姫神ヒロムの力を前にして男は豹変したかのように苛立ちながら言うと指を鳴らし、男が指を鳴らすと姫神ヒロムの頭上に数機の戦闘機が現れる。さらに姫神ヒロムの周囲を取り囲むようにミサイルポッドが現れ、戦闘機とミサイルポッドは姫神ヒロムに狙いを定めると一斉にミサイルを撃ち放っていく。
『そんなに余裕ならレベル3と4を同時にクリアしてみろ!!かすり傷でも負えばゲームオーバーだからな!!』
「……くだらねぇ」
ミサイルが放たれ迫る中で姫神ヒロムは右脚を振り上げて勢いよく地に叩きつけるように踵落としを披露すると地面を軽く砕き、砕けた地面の破片の1つを手に取ると迫り来るミサイルの1つに向けて勢いよく投げ飛ばす。
投げられた破片は勢いを増しながら無数のミサイルの中の1つに向かって飛んでいくとそのまま命中するもミサイルは壊れない。が、姫神ヒロムの投げた破片が命中したミサイルはその影響なのか軌道が逸れるような動きをすると近くのミサイルと衝突してしまい、衝突したミサイル同士が爆発を起こすとその周囲のミサイルも巻き込まれるように誘爆していく。
次々に誘爆していくミサイル、気がつけば最初の爆発をきっかけに放たれたミサイル全てが誘爆させられ消えていた。
『バカな……!?』
避けようがない、そうおもっていた男が言葉を失う中、姫神ヒロムは地を強く蹴ると生身の人間とは思えないほどの跳躍力を披露する形で空を飛ぶ戦闘機へと接近し、戦闘機な接近した姫神ヒロムは人間とは到底思えないような動きをしながら次から次に戦闘機を素手でボロボロの鉄クズへと変えていく。
人間は一度足を地から離せば自由を手放すもの。だが姫神ヒロムは戦闘機と同じ高度に達するほど高く飛びながらその自由を手放すことなく動いていたのだ。
人間の枠では収まることの無い姫神ヒロムの動きに常識は通用しない、それをその目で見てしまった男が唖然とする中姫神ヒロムは全ての戦闘機を破壊して着地。着地した姫神ヒロムは男のことを冷たい眼差しで見つめながら彼の方へと歩を進める。
『オマエ、人間じゃないのか!?何なんだよその動きは!?何なんだよオマエは!?オマエは……オマエは《無能》と蔑まれてた主人公で能力者じゃないはずだろ!?』
「……それは別に間違ってねぇよ。オマエの言う通りオレは作者の手で《無能》と呼ばれ蔑まれながらも数多の敵を力で倒していくという趣旨で生み出したみたいだからな。けど……そんなのは作者の都合でしかない。オレは能力を持たない能力者、影で誰かにそう呼ばれてる名に恥じぬように強くあり続けてるだけだ」
『認めない……認めない……認めない!!
オレはオマエの存在を認めない!!』
姫神ヒロムの言葉を受けた男が彼の存在を否定するように言葉を発する中、彼の体は突如として黒い瘴気のようなものに包まれながら大きく膨れ上がり、膨れ上がった男の全身は翼を広げた邪悪なドラゴンへと変貌していく。
「肉体を持てないからホログラムじゃなかったのかよ」
『貴様を殺すためなら奥の手だ!!オレ自らの手で殺してやる!!』
「そんなにオレを殺したいのか」
『気に入らない!!チートだの無双だのって最初から何でもかんでも上手くいくなんざ気に入らないんだよ』
男が変貌を遂げた邪悪なドラゴンは姫神ヒロムに向けて口から炎を放ち、放たれた炎は姫神ヒロムを飲み込むと彼の周囲をも焼き焦がしながら殺そうとする。
『今のオレは貴様を確実に殺すための力を組み込んでいる!!
この力を前にしてオマエは……』
「くだらねぇ」
炎の中から声がすると共に炎が一瞬で消され、炎が消えると姫神ヒロムが現れる。それも……現れた姫神ヒロムはどこから持ち出したのか分からない大剣を手に持っていたのだ。
『貴様……どうやって……!?』
「オマエがどんな理由でオレを殺したいかなんて関係ない。けど、オレの邪魔をするならオレはオマエを倒して道を切り開く」
『貴様は能力を持たないはずだ……!!
その武器は……その大剣は何なんだ!!』
「何だよ、知らねぇのか?なら1つだけ教えておいてやるよ。オマエが殺そうとしてるオレは能力を持たないが、それ故にオレはオレたちの力を借りて戦っている」
『オレたち……だと!?』
「知ったところで無意味だろうけどな。
オマエの言う《姫神ヒロム》ってのはこれまでのオレの記憶でしかない。けど、今ここにいるオレは……これから先の未来を進む可能性の中にいるオレなんだからな」
姫神ヒロムは大剣を強く握ると一瞬でドラゴンの前へ移動し、ドラゴンがそれに気づくと同時に勢いよく大剣が振り下ろされる。振り下ろされた大剣より放たれる一撃を受けたドラゴンは頭から尾に至るまでの全てが両断され、両断されたドラゴンが爆ぜるように塵となって消えると姫神ヒロムは大剣を地面に突き刺して力を抜く。
「……まぁ、どっちのオレだとしてもオマエに負けたりしねぇよ。
つうか、コイツ倒して元の場所に戻れんのか?」
ドラゴンの消滅……つまり謎の男の消滅を前にして姫神ヒロムが悩んでいると、彼の前に1つの扉が現れる。現れた扉には文字が書かれていた。
『next new story』
『by hygirl』
扉に書かれた文字を見た姫神ヒロムはため息をつくと歩み寄り、そして手を伸ばす。
「……気まぐれな作者の都合で踊らされんのは釈然としないが、それでオレの心が滾るならそれを楽しむのもアリだな」
扉に手を伸ばした姫神ヒロムはそのまま扉を開け、そしてその先に踏み入るように姫神ヒロムは先へと進んでいく。
姫神ヒロムが進んでいく、その様子を遠くから謎の人物が……
「検証実験を終了。結果、姫神ヒロムは強い。ただし、その強さはhygirlの描いたこの創作の中にかぎる、と。
《レディアント・ロード》を読んだことがない、もしくは断片的な記憶しかない読み手の認識としてはやはり姫神ヒロムが強いかどうかは疑問になる。その疑問と第三者の視線とを組み合わせた人とも言える概念による検証実験という遊びの場を設けさせた訳だが……やはり書き手たる作者の都合とは厄介なものだ。第三者のことを意識して書かなければならないのに贔屓してしまったな。《レディアント・ロード》の姫神ヒロム、物語の主役だからといって作品という窮屈な枠の中で留まらせるなど書き手の心が滾らない。滾らずに書く物語に存在する意味は無いのだからな。……しかし、まだ公開すらしていない方の設定を与えてしまったのはやりすぎたな」
謎の人物はノートのようなものに何かをメモするようにペンを走らせながら独り言を口にしており、一通り何かを書き終えると嬉しそうに笑いながら手に持つペンを握り潰す。
「来たるべき日……11月11日に姫神ヒロムがどう動くか、それを見届けるのも1つの楽しみ。その先にあるものが来たるべき日に物語となるか、それともオレの心が滾らずに終わるかを楽しみに待っておくよ」
何かを書き留めたノートのようなものが閉じられると謎の人物は消えてしまう。男の正体は何なのか?それは定かではないがこれは分かる。姫神ヒロム、彼の物語はこれからも続いていく……
11月11日、物語は動き出す!!