帝都襲撃
王都に着いたアストリアは、すぐに謁見の間へ呼ばれた。
玉座の前で跪く娘に国王がかけた言葉には、刺客に襲われた皇女を労るものは一つもなかった。父が娘にかけた言葉は、不用意に出歩いたことへの叱責と、婚姻の時まで自室での謹慎の言葉のみであった。
自室に戻ったアストリアは小さく息を吐き出した。アストリアの背後には護衛の騎士、ダースが控えている。
「ダース卿、大丈夫です。父上が仰ったに婚姻の時まで、この部屋から出ることはありません」
アストリアは背後を振り返ることなく、そう言った。そして言葉を続ける。
「ダース卿、そのような顔をしなくても私は大丈夫ですよ」
アストリアは微笑みを浮かべてから背後を振り返った。
「アストリア様……」
「ダース卿、私は大丈夫です」
父親が自分に冷淡なのは今に始まった話ではない。物心がついた時から父親に抱かれた記憶もない自分だ。父親からの愛情などは、遥か昔に諦めている。
宮中で給仕として働いていたという実の母。王に見初められたと言えば聞こえはいいが、実際は国王の戯れに手をつけられただけのことだったのだろう。
自分を産む際に不幸にも命を落としてしまったが、実の母親が生きていれば、少しはこの状況も変わっていたのだろうかと思う時もある。
母が生きていれば父親が六十歳を超える相手に、第六妃として娘を差し出すことを止めてくれたのだろうか。しかも第六妃など人質としての価値はほぼないに等しい。
ベラージ帝国にしても、ジスガリタ王国にしても自分たちの都合でなんの躊躇いもなく同盟を破棄するのだろう。そして、その結果として殺されるだけの存在でしかない。
アストリアはそこまで考えると、再び小さく一つ息を吐き出した。
「王族としての務めは心得ています。ですからダース卿、私は大丈夫です」
もう一度そう繰り返すアストリアだった。
「ねえ、やっぱり止めようって。絶対にヴァンエディオに怒られるわよ。人族との戦争になるかもしれないのよ。クアトロ、ちょっと聞いているの!」
マルネロたちは今、帝都リドルの中心に位置する城の城門前にいた。城門は当然固く閉じられていて、城門の前には数名の衛兵がいる。
「ねえ、止めようよ。ちょっと、スタシアナもクアトロを止めなさいよ」
マルネロはクアトロの背後にいるスタシアナに視線を向けた。
「あの皇女のことには納得してないですけど、ぼくはいつでもクアトロの味方なんですよー」
「ですよーじゃないわよ。戦争になるのよ!」
スタシアナは難しいことは分からないといった感じで、首を傾げている。
こいつら駄目だとマルネロは思う。クアトロは言い出したら聞かないし、そもそもスタシアナはクアトロの言うことならば、いつでも前面支持の存在だ。こうなってしまうと、言うだけ無駄だった。
「マルネロ、派手にやってくれ」
クアトロが城門を指差した。
「もうどうなっても知らないからね!」
マルネロは半分自棄になってそう叫んだ。絶対にヴァンエディオに怒られると思いながら。
「爆炎!」
突き出されたマルネロの両手から炎の渦が迸ったのだった。
ベラージ帝国騎士団長のヴェリアスはその日、午後のひと時を大好きな紅茶を飲みながら過ごしていた。
場所は中庭。ジスガリタ王国国王とアストリア皇女との婚姻も決まり、正式な同盟も確定している。これで長く続いていたジスガリタ王国との小競り合いも暫くは落ち着くのだろう。
十二歳というアストリアの年齢と、アストリアが置かれる第六妃という立ち位置を考えると不憫に思わないでもないが、これも王家に生まれた者として仕方がないことだと思っていた。
よって、少女の犠牲の上にある束の間かもしれないこの休息を感受しようと、改めて紅茶をもうひと口飲み干そうとした時だった。爆音とともに城の城門の方角から爆煙が上がる。
思わず騎士団長ヴェリアスは口に含んでいた紅茶を吐き出し、激しく咽て咳き込んだ。
「な、何ごとか」
紅茶で濡れてしまった顎を拭いながら、ヴェリアスがそう言う。近くの者もそう訊かれたところで答えられるはずもなく、青い顔をして立ち昇る爆煙を見上げている。
「鎧をすぐにここへ。行くぞ!」
何が起こったのかも分からないまま、不穏なものを感じてヴェリアスはそう命じたのだった。
鎧を纏い長剣を帯びたヴェリアスが城内の城門前に着くと、そこには信じられない光景で満ちていた。
まず城門だが、それは跡形もなく吹き飛ばされていた。何がどうなればベラージ帝国が誇るあの固く大きな城門がこのような状態になるのだろうかとヴェリアスは思う。
巨大な邪竜でも暴れない限り、こうはならないだろうといった城門の惨状だった。
次いで城門内は逃げ惑う者たちと、剣を取って駆けつけようとする者と、継続的に起こる爆炎と爆音、そして熱風とで満ちている。
この爆炎は一体どこからかと、かつての城門近くにヴァリアスは視線を戻した。赤い髪に黒い服の者が、無秩序といっていい様子で爆炎魔法を連続で発している。
「女……か?」
ヴェリアスは独り呟く。
「逃げろ、消えてなくなるぞ!」
そんな悲鳴が起こり、ヴェリアスはその悲鳴の方に視線を向けた。そこには十歳程にしか見えない少女が宙に浮かんでいる。そして、その背には黒い翼が生えている。
少女が両手を前方に差し出す度に、そこから金色の光が発せられ逃げ惑う兵士たちを飲み込んでいく。そしてその光が消えたのち、そこには飲み込まれた人の姿はどこにもない。
「神聖魔法……なのか?」
ヴェリアスは呟く。
「ジスガリタ王国……の手による者たちなのでしょうか?」
近くの者が震える声でそう言った。いや、違うだろうなとヴェリアスは直感的に思う。
同盟が成立しようとしている今、このような襲撃をしてくる意味が全くない。同盟に反対する勢力だとしても狙うべきは皇女アストリアであって、このような襲撃では意味がないのだ。
それでは別の勢力か。彼らの背後には、すでに彼らの味方である大軍が控えているのだろうか。
そんな馬鹿なとヴェリアスは思い直した。そんな大軍がこの時に至るまで、誰にも感知されることなく帝都に近づくことなどできる筈がないのだ。
では一体、奴らは何者で何を目的に暴れ回っている?
ヴェリアスはそこまで考え、彼らの中心で長剣と魔法を振るっている者に目を向けた。
暗い灰色の髪と濃い赤色の瞳。まさかと思いヴェリアスはもう一度、爆炎魔法を連続で発している乱入者に目を向けた。
ゆったりとした黒い服に包まれているにもかかわらず、あり余る存在感を示しているたわわな胸。燃えるかのような赤髪とその瞳……。
次いでヴェリアスは、宙を飛翔する少女に再び目を向ける。金髪と碧眼、そして漆黒の翼を持つ少女……。
「間違いない。あれは魔族、エミリアス王国の四将、魔導師マルネロと堕天使スタシアナだ。そして中央にいるのは、魔族を統一したという国王の魔王クアトロ……」
近くで付き従っていた騎士がその言葉を聞いて唖然とした顔をしている。
そんな顔をしたいのはこちらの方だ
なぜ魔族の王がいきなり攻めてくるのか。確かにベラージ帝国は、魔族が住む地域と隣接しているため、魔族との争いは遥か昔から断続的に続いている。しかしこの十数年は互いに領土を侵攻するような大規模な争いなどなかったはずである。
それがなぜ今、王自身がたった三人で攻めてくるのだ?




