お困りですか?
「その器に中身を注いだのならば、神をも凌ぐ巨大な力を手に入れられる……」
ヴェリアスが呟くように言う。
「神をも凌ぐ? そんな夢みたいな話は、俄かに信じられないわね。それで中身とは? 手に入れられる力とは?」
マルネロの問いかけにヴェリアスは首を左右に振った。
「分からぬ。それに、これはあくまで噂の話だ。私は騎士団長を解任された身なのでな。真実は申しわけないが、私では分からぬのだ……」
ヴェリアスがそこまで言った時、それまで静かだったエリンが唐突に叫んだ。
「第百夫人!」
「分かってる! ダース、下がって!」
マルネロとエリンは立ち上がり、後ろへと飛び退いた。ダースも要領を得ないようだったが、即座にマルネロとエリンに続く。
マルネロは首筋がぞくりとするのを感じた。その刹那、マルネロの視界にあるヴェリアスの首から上がごろりと床に落ちる。
残された首から勢いよく鮮血が噴き出す。
「き、騎士団長!」
駆け寄ろうとするダースをマルネロが片手で制した。
「駄目よ、ダース!」
直後に首から上がないヴェリアスの背後にある空間が揺らいで、白髪の男が姿を見せた。歳は三十半ばぐらいであろうか。白髪の男は無言でマルネロたちに赤い瞳を向けている。
「あなた……魔人ね?」
エリンが呟くように言う。
「そう言う貴様は天使か? それに魔族に人族か? 随分と妙な取り合わせだな」
「貴様、なぜヴェリアス様を殺した?」
ダースの問いかけに男は軽く鼻を鳴らしてみせた。
「こいつは少し喋り過ぎだ……」
「貴様!」
長剣に手をかけたダースをマルネロが押し留める。
「あなた、何者? ナサニエルとかいう魔人の仲間?」
マルネロはそう問いかけた。
この男、ナサニエルとは違って、形容し難い嫌な不気味な雰囲気しかない。あえて言えば危険な雰囲気なのだろうか。
「ナサニエル? ああ、あの魔族の王とやらに殺された奴か。あれは単なる道化だ」
「道化? どういうこと?」
再びマルネロが問いかけたが男は小首を傾げて見せた。
「説明するつもりはない。お前らは死ね……」
「エリン!」
「分かっているわよ!」
マルネロの言葉にエリンが叫び返す。
どうして魔人とやらは、どれもこれも短絡的なのだろうかとマルネロは思う。ナサニエルたちもそうだったが、魔族とは話をするつもりは少しもないのかもしれない。
エリンが展開した防御魔法に遮られて、男が発した魔法が宙で霧散する。
「ふん、天使がいると厄介だな。おい、そこの天使、お前はどこまで知っている? 知らないのであれば、天上に帰ってミネルとやらに訊いてこい」
「ミネル? 天使長様?」
エリンが男の言葉に訝しげな顔をする。
「ちょっとエリン、変な顔してないで、何かできないの? あんたいつも防御魔法ばかりじゃない。凄い攻撃魔法とかないわけ?」
エリンに時間を稼いでもらって、その間に強力な魔法を発動しようかとマルネロは考えていたのだった。
マルネロが自分を非難する言葉を聞いてエリンの血相が変わる。
「し、失礼ね。できてよ! こ、光弾!」
その言葉とともにエリンの差し出された両手からは、子供の拳ぐらいの光る球体が生み出された。
そして、その球体はぶるっと震えると、魔人の男に向かって動き出す。
が……。
「はあ? 何……それ? 届く前に、へろへろへろって落ちちゃったじゃない! 消えちゃったじゃない!」
「ふ。ふん! 消滅以外の攻撃魔法は得意じゃなくってよ!」
エリンが胸を反らせて高らかに宣言する。
「はあ? じゃあ騎士団長をさっさと生き返らせなさいよ!」
「蘇生魔法も得意じゃなくってよ! 死んだ直後に蘇生させないと、生き返らなくってよ!」
「は、はあ? 駄目じゃない! 何もできないじゃない! あんた、何でついてきたのよ!」
「し、知らないわよ! スタシアナ姉様が行けって言うから……」
何か……頭、痛い……。
防御以外でエリンがほぼ使えないとなれば、ダースに時間稼ぎの攻撃をしてもらうのか。
しかし、相手の実力がわからない以上、それは危険ではないかとマルネロは思う。
少なくとも、あの魔人は空間転移と同時に他者の首を容易に落とせるぐらいの実力があるのだ。それに、この男が纏う嫌な雰囲気のこともある。
不味いわねとマルネロは思う。逃げ出す方法を考えた方がよいかもしれない。マルネロがそう思った時だった。
左手の空間に歪みが生じた。魔人の新手かと思いきや、黒の頭巾を被った骸骨が空間の歪みから現れる。
「あれえ、マルネロさん、お困りですか?」
トルネオがいつもの調子で訊いてくる。緊迫感の欠片もない感じだ。




