依頼
サイザックから東にある森を抜けた小高い丘に、黄帯病に効果のある薬草が自生しているらしい。ただこの東にある森が魔獣の棲家となっていて、その森を通ること自体が危険な行為になるとの話だった。
そんな危険なはずの森を半日で難なく踏破したクアトロたち三人は、目的地の小高い丘に辿り着いていた。
「大した魔獣も出なかったし、問題なかったわね」
マルネロが鼻歌混じりで言う。
「遭遇した魔獣の相手は、ほぼ俺に押しつけていたけどな」
クアトロは不満を口にする。
「まあ、それはあれよ。臣下のために王様が頑張るのは当たり前じゃない。それに王様として、そういう行為は崇高な行いじゃないの?」
マルネロが当たり前じゃないといったような顔で反論する。
「都合のいい時だけ王様扱いだな。まあ実際、大した手間でもなかったが……それより、この辺りだろう? 薬草を探してみてくれ」
「ん! ぼく、頑張ります!」
スタシアナが、とてとてと走り出す。両手には神聖魔法をより高めるため、自分の背丈よりも高い杖を持っている。マルネロもさすがに文句を言うことなく、周囲を探し始める。
「この辺りにも魔獣がいるだろうから、気をつけろよ」
一応、注意めいた言葉をクアトロは口にしたが、四将と称される二人だ。その辺りの魔獣ごときに遅れを取るようなことはないと思うのだが。
マルネロとスタシアナが周囲に散り、自分も薬草探しを始めようかとクアトロが思った時だった。
「ふえー」
不意に尋常ではないスタシアナの悲鳴が聞こえてくる。クアトロは腰の剣に片手を置き、悲鳴が上がった方に赤い瞳を向けた。
視線の先では、五体の小鬼がスタシアナを追いかけていた……。
小鬼は人の五歳児程度の大きさで、知能や力も同じく五歳児程度だった。力も知能も大したことはないのだが、棍棒などの武器を扱うことができる。よって、集団で襲って来られると、少し厄介な魔獣ではあった。
「ふえー」
そんな小鬼に追いかけられて、スタシアナは涙目になって、とてとてと走っている。
あっとクアトロが思った時には、スタシアナは躓いて転んでしまう。
それは見事な転び方で、白い服の裾がめくれ上がる。結果、桃色の下着が丸出しとなってしまう。
それを見て五体の小鬼は足を止めて一斉に笑い始めた。中には尻を突き出し、その尻を自分で叩いている者もいる。
うん。完全に馬鹿にされているね……スタシアナさん。
でも可愛い桃色の下着が見えているので、これはこれでよいのかもしれない。
クアトロがそんなことを思って見ているとスタシアナは、すくっと立ち上がった。溢れ出てしまった涙を手の甲で拭って乱れた服を直し、そこについた泥をぱんぱんと叩く。
スタシアナは笑ってはしゃぐ小鬼に怒りを覚えたのだろう。手に持っていた杖で、一番手前にいた小鬼の頭をえいっとばかりに、ぽてっと叩く。
いやスタシアナさん、その杖はそういう使い方をする物ではないかと……。
叩かれた小鬼が頭を押さえてしゃがみ込む。それなりに痛かったようだ。それを見て周りの小鬼がさらに笑い出した。中には地面を転がって笑っている者もいる。
仲間に笑われて怒ったのだろう。叩かれた小鬼は牙を剥き、スタシアナが持つ杖を引っ張り始めた。
スタシアナも奪われまいとして、涙目でそれを引っ張り返している。杖の端と端とを持った奇妙な綱引きが始まってしまう。
スタシアナは涙目になりながら必死の形相なのだが、ある意味では何の緊張感もないほのぼのとした光景でもあった。
それを見て他の小鬼たちがさらに笑い転げる。
力比べは残念ながら小鬼が勝ったようだった。
五歳児程度の力に負けるなよ……。
クアトロは心の中で呟く。
小鬼は杖をスタシアナから奪うと、その杖を両手で抱えてぴょんぴょん跳ね始めた。勝利の踊りということらしい。
下着を見られ、笑われ、杖を奪われてしまう。最後は勝利の踊りを見せつけられたスタシアナさん、怒り心頭のようだった。全身がぷるぷる震えている。それを見て、小たちはさらに笑い転げてしまう。
そのような中でスタシアナは両手を前に突き出すと、呪文を唱え始めた。スタシアナの周囲が金色に輝き始める。それを見ても小鬼たちは、まだうきゃうきゃと笑い転げている。
スタシアナの金色の髪の毛が宙を舞うように踊り始めた。
スタシアナさん、その呪文は……。
「消滅……」
その言葉とともにスタシアナの両手から金色の光が放たれた。瞬く間にその光は五体の小鬼を包み込んでしまう。
小鬼を包み込んだ光が霧散したあと、小鬼たちの姿はそこになかった。小鬼がいた所に僅かな湯気が立ち昇っている。神聖魔法において上位魔法となる消滅の魔法だった。
因みに神聖魔法の上位魔法は魔族や人族では使えない。その上位の存在である天使などでないと使用できない魔法だった。この放たれた魔力量を考えると、巨大な邪竜ですらも一撃で消滅可能だったかもしれない。
そんな大魔法を小鬼ごときに……。
さらに言えば、放たれた魔法の範囲内にあった草木なども見事に消滅している。もしかすると、目当ての薬草がそこにあったのかもしれない。
当然、小鬼が奪って持っていた杖も消滅してしまっている。確かあの杖は、かなり価値がある魔道具だったはず……。
「スタシアナ……大丈夫か?」
言いたいことは山ほどあった。だがそれらを飲み込んで、クアトロはスタシアナに声をかけた。
クアトロの言葉にスタシアナは肩で息をしながら無言で頷いた。それはそうだろうとクアトロは思う。あんな魔法を使えば、急激な魔力の消費で息だって切れて当然だ。
やれやれとクアトロが思った時、背後から今度はマルネロの悲鳴が聞こえてきた。
「いやー! 何なのよ、この小鬼は! ちょっと止めなさいよ! 引っ張らないでったら!」
見ると一体の小鬼が、マルネロの首下あたりで服にぶら下がっている。
「ちょっと、破れるから止めなさいって! この服、とても貴重なのよ!」
やめろと言って、魔獣がやめるはずもない。服にぶら下がっている仲間の様子が面白いのか、他の小鬼たちがぶら下がっている仲間の足を引っ張り始めた。さらに、それを引っ張る仲間の腰を持って他の仲間が引っ張る。
まるで、昔話の大きな何かだな……。
クアトロはそう感じる。
すでに四体の小鬼が前にいる仲間の腰を掴んで引っ張っている。何か皆、楽しそうだ。
やがて布が破れる音とマルネロの悲鳴が重なる。胸元が見事に破けて、白の下着に覆われた見事なたわわな胸の大半が露わになってしまう。爆乳魔導師の異名を持つ、たわわな胸だ。
「あんたたち、ぶち殺す!」
血相を変えて物騒な言葉を口にしたマルネロが燃えるような赤い瞳をさらに輝かせ、呪文を唱え始めた。
「マルネロ、止めろ! スタシアナ、伏せろっ!」
クアトロは叫んだ。
「爆炎!」
次いで衝撃、爆音、そして熱風と煙がクアトロを襲う。煙が少し収まったあとも、ぱらぱらと上空から小石が降って来る。
やがて視界が完全に戻った時、マルネロは仁王立ち状態だった。そして肩で大きく息をしている。クアトロが視線を移すと、マルネロより先の地面は大きく抉れ、焼け焦げている。
「マルネロ、どんな魔法をぶっ放しているんだ。薬草どころか、草木も丘までが全部がぶっ飛んで燃えちまったぞ!」
「わ、悪さをしたあいつらが悪いんだからね!」
悪びれるどころか、マルネロは開き直って見せた。
「スタシアナもだ。死霊竜でも浄化するつもりだったのか!」
「だってあの魔獣がぼくの下着を見るから……」
いや、あれはスタシアナが勝手に転んで見せたのでは……。
「クアトロも見たんでしょう……ぼくの下着」
スタシアナは上目使いで、クアトロを見る。
「い、いや……」
スタシアナにそう言われて、クアトロは視線を逸らす。
確かにあの光景をクアトロは脳裏に焼きつけていた。あとで何をするわけでもないが、脳裏には焼きつけた。いつでも脳裏に浮かべられる自信がある。
「 えっち……」
スタシアナが青い瞳をそらして、顔を赤くする。
えっちと言われて、クアトロも顔を赤くする。
少し胸がどきどきしているようだ。
「はあ? 何をこんな所で、青春らぶこめを全開で始めているのよ! しかもろりこん版羞恥ぷれい! 馬っ鹿じゃない!」
マルネロが赤い髪を振り乱しながら絶叫したのだった。




