冒険者組合にて 2
「こんな依頼がありましたよー」
スタシアナはそう言いながら、クアトロに掲示板から剥がしてきた依頼書を手渡す。
クアトロは手渡された依頼書を読み、軽く顔を顰めた。
「何? 何の依頼なの?」
何だかんだ言ってマルネロも興味があるのだろう。軽く身を乗り出して、クアトロに尋ねてくる。
「何だよ、マルネロも乗り気じゃないか」
「うるさいわね。いいから貸しなさいよ」
マルネロがそう言って、クアトロから依頼書を奪い取る。
「薬草……採取?」
マルネロが甲高い声を上げて言葉を続けた。
「しかも報酬が……銅貨一枚って」
「駄目……ですか?」
マルネロの反応を見て、スタシアナが上目使いでそう言う。青い瞳にはすでに涙が浮かんでいるようだ。
「マルネロ、そう頭から否定するものじゃないぞ」
そんなスタシアナが可愛そうになってクアトロは助け舟を出した。
「冒険者の価値は報酬で決まるものではないんだ」
「はいはい。馬鹿ちん王は少し黙っていて下さいね」
だが、マルネロに軽くあしらわれてしまう。マルネロはスタシアナに向き直った。
「スタシアナ、いくら何でも私たち三人が揃っていて、薬草採取というのは……どうなのかしら? 報酬の話は置いておくにしてもね」
「でも、依頼主の所を見て下さい」
そう言われてマルネロは依頼書にある依頼主の箇所に目を向ける。クアトロも同様に視線を向けると、そこにはマイセン孤児院との記載があった。
「きっとこの孤児院は凄く困っているんです。子供達が病気なのに薬を買うお金もなくて、せめて薬草でもって。でも、薬草が生えている所は危険な魔獣がいるんです。だからきっと、ないお金を搔き集めて依頼を出したんですよ」
スタシアナは両目をきらきらとさせ、両手を胸の前で組んで祈りのポーズを取る。
「あんた……今は堕天使じゃない」
マルネロが呟くように言う。だが、スタシアナには聞こえなかったようだ。いや、聞こえないふりをしているのかもしれないとクアトロは思う。
貧困に喘ぐ孤児院と決めつけるのもどうかとは思うが、スタシアナが言うことも何となくクアトロにも理解はできる。それにしても、銅貨一枚はないだろう。
銅貨一枚では、じゃがいも一つさえも買えない額なのだ。事情は分かるのだが、銅貨一枚で依頼をすること自体に、何となく打算的なものを感じるクアトロだった。
ただ、そんな裏の理由は別として、スタシアナが慈愛で満ちていることは変わらないのかもしれなかった。
「やはり天使だから、スタシアナは優しいのだな」
クアトロはそう言って、スタシアナの頭に片手を伸ばした。
「えへへ」
スタシアナが照れたように笑う。それを見てマルネロが赤い頭を抱えている。
「大体、スタシアナはもう天使じゃなくて、堕天使じゃない。それに孤児院なら間違いなく教会が運営しているでしょうから、堕天使のスタシアナなんて下手に近寄ったら聖職者に浄化されちゃうかもよ? びよーんってなくなっちゃうんだから!」
「スタシアナさん、ぼくは不死者みたいな不浄な存在じゃないんです。だから浄化されたりしません! びよーんってなったりなんかしないんです!」
スタシアナが両頬を膨らまして反論している。
「ふん、堕天使なんて似たようなものじゃない。きっと、びよーん、びよーんってなっちゃうのよ!」
「ふえ……びよーんなんてならないもん」
今度はスタシアナが涙目になってしまう。
「マルネロ、スタシアナを虐めるな。何でお前はいつもいつも……」
さすがに可哀想なので、クアトロはこの言い合いに割って入る。マルネロが大きく息を吐き出した。
「あーもう、分かったわよ。この依頼を受ければいいんでしょう? さっさと行くわよ!」
燃えるような赤髪を振り乱しながらマルネロは勢いよく立ち上がる。
「おい、待て、マルネロ。俺はもっと竜退治的な冒険をだな……」
「うっさい! ろりこん大魔王!」
赤い髪を振り乱したマルネロの絶叫が響き渡るのだった。
ギルド本部で依頼受託の登録をし、街外れにある孤児院に着いたまではよかったのだが、クアトロたちは門前で二の足を踏んでいた。
「何かもの凄く、ぼろくないか?」
「そ、そうね。孤児院だから、あまりに立派でも微妙だけど、これはこれで……」
口の悪いマルネロも口籠ってしまっているようだった。
建物を囲んでいたはずの塀はほぼ崩れ去っていて、所々にかつては塀だったのだろうと思われる残骸が残るのみだった。
かつては門があったのであろうと思われる部分がぽっかりと口を開けており、三人はそこから孤児院の敷地内へと足を踏み入れた。
「何かこう、何だ。孤児院って貧しくても、元気に子供が外で走り回っていたりするもんじゃないのか? 少し静か過ぎる気も……」
クアトロも何となく気後れをして、小声になる。
「そうね。確かに静かだけど……」
マルネロもそう応じる。
三人は建物の扉の前で足を止める。眼前にあるのは、これまたかなり年季の入った古びた扉だった。そこまで近づくと、中から声も漏れ聞こえてきた。
やはり人がいるにはいるのだなとクアトロが思っていると、隣のスタシアナがいきなり扉を叩き始める。
「すいませーん。誰かいますか? 冒険者組合から紹介されて来たのですが」
スタシアナさん、やる気満々だ。
気持ち目が吊り上がっているかもしれない。やはり元天使だけに孤児院などは気になる事柄なのだろうか。
そんなことを考えていたら、いきなり扉が開いた。蝶番も傷んでいるらしく、耳障りな音が辺りに響く。
中から現れたのは初老の女性だった。初老の女性は、若い男女と子供の一行に訝しげな顔をする。
「あの、冒険者組合から紹介されて来たのですが」
スタシアナがもう一度同じことを言う。
「あら、それはそれは……随分と可愛らしい冒険者さんなので、びっくりしたわ」
「えへへ」
可愛らしいと言われてスタシアナが照れたように笑う。
「立ち話もなんですから、さあ中に入って下さいな。子供が多くて散らかっていますけど」
中に入りお世辞にも綺麗とは言えないが、清潔に保たれている一室に通される。
「院長のケイトと申します。こんな汚い部屋でごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です。ここに子供は何人いるのですか?」
クアトロがそう尋ねる。
「今は九人おります」
意外に多くの子供がいるようだった。それでは孤児院の維持も大変なのだろう。
そんな会話の中、クアトロは扉の向こうからこちらを覗いている三つの顔に気がついた。クアトロと視線が合うと、たちまち扉の向こうに引っ込んでしまう。しかし、またしばらくすると三つの顔が揃って出てくる。
ケイトはそんなクアトロの視線に気がつき、背後を振り返った。
「カイン、ギュート、ユナ、行儀が悪いですね。大切なお客様が来ているのですよ」
「院長、気にしないで下さい。みんな、出ておいで」
マルネロがそう言って、子供たちに向かって手招きをした。すると子供達がもじもじしながらも次々に姿を現した。
「年長の三人です。普段はお客様なんてあまり来ないから、珍しいのかしらね。皆さん、ご挨拶は?」
三人共もじもじしながらも、こんにちはと言って頭を下げる。男の子二人と女の子が一人。男の子は二人とも十歳ぐらい、女の子は八歳ぐらいだろうか。
見た目は彼らと同年代に見えるスタシアナがクアトロの横で手を振っていたが、それに応えることなく皆が口をへの字に結んでいる。
着ている服は洗い晒しているようだったが、不潔さは感じられない。部屋の様子といい、子供達の様子といい、建物からの印象とは違って可能な限り精一杯のものを子供たちは与えられているようだった。
「おじさん……たちは何しに来たの?」
ユナと呼ばれた女の子が、意を決したようにクアトロに向かって言う。
「ん? おじさんではないがな。院長に頼まれて、薬草採取の手伝いに来たんだ。誰かが病気なのか?」
「エドが……ここで一緒に暮らしているエドの熱が、もうずっと下がらないんだ」
男の子の一人が口を開いた。
「もう……十日もなんだよ」
ユナがそうあとを続けた。
「エド、凄く苦しそうなんだ。でも、何もできなくて……」
男の子はそう言って、唇を噛み締めている。
「おそらく黄帯病かと」
ケイトの表情が曇っていた。ケイトが口にした黄帯病とは流行り病で、体に黄色っぽい帯が出るのが特徴だった。大人はあまり罹ることはないが、子供は比較的罹りやすい。高熱が続くため、体力がない子供は死に至ることもある病だ。
病は怪我とは違い、聖職者などが使う神聖魔法では治癒できない。治癒するには薬を使う他にないのだが、薬は高価でこの有様の孤児院では買えないのだろう。
そこで薬の代わりとなるのが、その薬の元となっている薬草ということになってくる。しかし薬草は大概、山や森の奥深くにあって、取りに行くにしても魔獣などに襲われる危険があるのだった。
「なるほど。おおよその事情は分かりました。大丈夫です。依頼を受けさせていただきます」
クアトロは大きく頷いてみせた。ここまで事情を知ってしまうと、さすがに報酬云々とは言えなかった。
「本当ですか。ありがとうございます。依頼を受けて下さり、これも神の思し召しです」
ケイトが胸の前で手を組み、頭を垂れた。そして、少しだけ心配そうな顔をしてみせる。
「ですが、このような小さな子供も連れて行かれるのですか?」
「スタシアナのことですか? 彼女はこう見えても神聖魔法の使い手でして、十分に戦力となるのですよ」
「えへへ」
スタシアナが照れたように笑う。
「そうなのですか……」
それにしてもと、あまり納得していない様子のケイトだったが、冒険者とはそういったものなのかとの思いもあったのだろう。ケイトは頷き、もう一度頭を下げた。
「それでは本当に宜しくお願い致します。お気をつけて」
「大丈夫です。俺たちに任せて下さい」
クアトロがそう請け負う。
「おじさんたちが薬草を採って来てくれるの?」
ユナがおずおずと言った感じで口を開く。クアトロはそんなユナの栗色の頭に手を置く。
「おじさんではないけどな。俺たちに任せておけ」
「うん!」
クアトロの言葉にユナが嬉しそうに微笑んでいる。
「出た……ろりこん」
それを見たマルネロが、ぼそっと呟いたのだった。




