クアトロとアストリア
「アストリアが何で妃になるんですかー」
「まあ、スタシアナさん、その辺りのお話は、三人でゆっくりと別の場所でお話し合いを。いいですね、クアトロ様」
「あ、うん。そうだな」
ヴァンエディオの奴、こっちに押し付けやがったと思ったクアトロだったが、確かに三人で解決しなければいけない問題だった。
ただ、話し合った所で解決するとも思えないのが、念なところでもあった。
ヴァンエディオの言葉に頷くクアトロを見て、スタシアナは膨れっ面でそっぽを向いてしまう。
何だか色々と問題があって、お腹が痛い。
スタシアナに嫌われてしまうのも辛いのだが……。
その様子を呆れた顔で見ながら、エネギオスが口を開く。
「で、ヴァンエディオ、アストリアが死んでしまう理由はどうするつもりだ? 急な病死や事故でといったわけにはいかないだろう」
「そうですね。最初の一手は真実味がないと、全体がいかにも虚構に見えてきますからね」
「そうか? どんな理由だろうが都合がよすぎて嘘くさいと思うが」
そのエネギオスの言葉にも一理あるとクアトロは思う。だが一方で、どうせ嘘なのだから下手な小細工をしても意味がないような気もする。
「確かに下手な小細工は意味がないですが、余りに真実味がないのも、いかがなものかと。となると、実際の出来事に紐づけるのがよいでしょうね」
「実際の出来事とは?」
クアトロがそう尋ねる。クアトロに訊かれてエネギオスは少し考える素振りを見せた。
「最近、不死者の王の動きが活発化しているとの話を聞いております。それに上手く絡められればと」
不死者の王、名をトルネオといった。
また意外な名前が出てきた。不死者の王とは、自らが生み出した不死の者を従えて、遥か昔から存在していると噂される者だった。彼が出現してから経過した時間は、三百年とも四百年とも言われていた。
「不死者! どこですか? 浄化です! ぼくが不浄な者は浄化するんですよー」
天使の血が騒ぐのだろうか。スタシアナが青い瞳を見開く。そして、金色の髪を宙で踊らせながら、両手をぶんぶんと振り回す。
「スタシアナさん、少し落ち着きましょうね。ここに不浄な者はいませんので」
ヴァンエディオが両手をぶんぶん振り回して、息巻くスタシアナを宥めている。
「不死者の王といえば、魔族とも長年に渡って何かと因縁がある相手。しかもこの時分に不穏な動きがあるとなれば、まさに適任かと」
「確かにそうだな。それで不死者の王、トルネオの不穏な動きとは」
クアトロはヴァンエディオの言葉に頷きながら言う。
「申し訳ございません。具体的なことはまだ何も。ただこの王都内に彼の配下が度々出没しているとの報告を受けております」
「ならば……少し探ってみるか」
クアトロは、どこか嬉しそうに言うのだった。
翌日、クアトロは中庭で一人佇むアストリアを見かけた。今日は珍しく護衛の騎士、ダースの姿が近くに見えない。
軽い日差しを浴びながら木製の椅子に腰掛けているアストリアの姿は、一枚の絵のように美しい。肩まで伸びる明るい栗色の髪は陽光を受けて輝いている。
見惚れるように佇むクアトロに気がついて、アストリアが笑顔を見せる。クアトロは呆けたようになっていた気恥ずかしさを覚えながら、アストリアの横に腰かけた。
「どうだ、魔族の国は?」
その問いにアストリアは小首を傾げる。
「そうですね。人族と何も変わりません。皆、親切で優しくしてくれますし」
「そうか……」
クアトロは頷く。
「勢いでクアトロさんと来てしまいたした。でもそのことで、こうして親切にしてくれる皆さんに迷惑がかかっていると思うと、申しわけがなくて……」
「気にするな。皆、迷惑などとは思ってはいない。また俺が厄介ごとを持ってきたと思っているだけだ。アストリアが迷惑だなんて、決して思っていないぞ」
アストリアに妙な負い目を抱かせてはならないと思い、クアトロは必死にそう言った。その様子が面白かったのか、アストリアは少しだけ笑う。
「クアトロさん、同じことですよ。私自身が、その厄介ごとの原因なのですから」
「そ、そうか?」
クアトロは照れたように暗い灰色の髪を掻く。
「でもな、アストリア。俺がアストリアを……その、何だ。花嫁にしたいと思ったのは本当だ。だからアストリアをさらったのだ。だから、アストリアは全然悪くない。厄介ごとなんかではない。悪いのはアストリアをさらった俺なのだからな」
上手く言えないもどかしさがクアトロにあった。でも、自分の気持ちには何の偽りもないことをアストリアに伝えたいと思うクアトロだった。
「はい。分かっています。私はクアトロさんの花嫁となるために、魔族の国に来たのですからね」
アストリアは少しだけ顔を赤らめて、花嫁という言葉を口にする。
「でも、花嫁になるには、建前上、死なねばならないのですよね」
「そうだな。ヴァンエディオが言うように、それが一番の策だと思う」
「そして、その濡れ衣を不死者の王に着せるのですよね」
アストリアとしては、どうもそこの部分が引っかかっているようだった。
「濡れ衣と言ってしまうと気が引けるが、所詮は不浄の存在だからな。存在自体が罪だろう。スタシアナはこれを機会に、不死者の存在を一掃すると言って張り切っているぞ」
アストリアはそれを聞くと微笑みを浮かべた。
「スタシアナさんはちょこちょこしていて、可愛いですね。もう少し仲良くなれるといいのだけれど……」
「そうだな。スタシアナは、あんなことを言っていても本当は優しくて可愛い子だ。大丈夫さ。すぐに仲良くなれる……」
そこまで言って、クアトロはアストリアが少し膨れっ面をして、深緑色の瞳を自分に向けていることに気がついた。
「クアトロさん、女の子の前で他の女の子を褒めるなんて、気配りが足らないですよ」
「そ、そうなのか? すまない……」
最初に可愛いと褒めたのはアストリアだろうと思いながらも、クアトロは頭を下げる。
「でも……不死者の王ですか。そう呼ばれている者がいると聞いたことはありますけど、どのような方なのでしょうか?」
「そうだな。俺も直接、会ったことはない。それに王と言っても広大な領地を支配しているとかではなくて、支配する不死者たちと館に引きこもっている感じかな」
「引きこもっている……ですか?」
アストリアはクアトロの言葉を繰り返した。
「噂ではもう長い間、何かの研究をしているらしい。引きこもっている間は実害などないのだが、稀に魔族が住む地域にやって来る」
「何かあまり魔族の方々と諍いを起こす要素が感じられないのですが……」
アストリアの言葉にクアトロは頷く。
「正直、実害はないな。魔族を襲ったりするわけでもない。することと言えば、墓を荒らすぐらいだ。ヴァンエディオは不穏な動きと言ったが、実際は大した問題ではないはずだ」
「お墓をですか……死者の復活などでしょうか」
「どうだろうな。不死者の王なのだから、それは可能だろうが、無秩序に死者を復活させて……といった考えはないようだ。噂通りで、何かの研究に使っているようだぞ。墓を掘り起こされた親族には迷惑な話なのかもしれないが……」
それを聞いてアストリアは、うーんと考える素振りを見せた。
「急にどうした? お腹でも痛くなったか?」
クアトロがアストリアの様子を見て、焦る素振りを見せた。
「お腹なんて痛くないです。クアトロさんはもう少し女の子に対する言葉を選んで下さいね」
アストリアは、先ほどと同じように可愛らしく白い頬を膨らませる。
はい、とクアトロは頷き、うなだれる。
何が不味かったのか分からないが、またアストリアを怒らせてしまったようだった。
「不死者の王がクアトロさんの言うような方だとすると、ますます私を殺したといったような濡れ衣を着せるのが申しわけない気も……」
「まあ確かにアストリアが言うのも分からないでもない。不死者の王、死者だとはいっても、当然そこに感情があるだろうからな」
「そうですよ。ここはお願いしてみてはどうでしょうか?」
アストリア様は胸の前で両手の平を重ね合わせた。よいことを思いついたといった感じで、クアトロに深緑色の瞳を向けて、にこにこしている。
うん。やっぱり何をしても美しく、可愛いな。
そんな様子のアストリアを見て、そう思うクアトロだった。
ただ、お願いといっても、一国の皇女を殺したことにしてくれと言ったところで、不死者の王が承知してくれるとは思えない。だが……。
「お願いか。そうだな。それをしてみる価値はあるかもしれないな」
お願いはともかくとしても、そういうことになるから、宜しくなといったことを確かに言っておくべきかもしれない。
それを言ったところでそれに同意するとは思えないが、揉めるにしても黙って行うのとでは結果が違ってくる気がする。




