皆が互いに皆のことを
「スタシアナ、黙って言うことを聞くんだ!」
頭を載せていたアストリアの両膝から上半身を勢いよく起こして、クアトロが珍しく声を荒げた。
たちまちスタシアナの青い瞳から涙が溢れ出す。
「ふえー。クアトロがぼくのことを怒ったのー。早く治さないと、クアトロが死んじゃうのにー。クアトロが怒ったのー」
そうなのだ。皆が互いに皆のことを心配しているのだ。それだけのことなのだ。
両頬にぽろぽろと涙を流すスタシアナをアストリアはそっと抱きしめた。
「大丈夫ですよ、スタシアナさん。クアトロさんは大丈夫です。マルネロさんだってエリンがいるから大丈夫ですよね。だから、泣かないで、早くクアトロさんを治してあげましょう」
スタシアナはアストリアの腕の中で、小さく頷いた。アストリアは深緑色の瞳をクアトロに向けた。
「クアトロさん、言い過ぎです! スタシアナさんが可哀想です。スタシアナさんはクアトロさんを心配しているだけなのですよ!」
アストリアに言われてクアトロが渋い顔をして黙り込んだ。クアトロが自分たちの身を案じて言ってくれているのはアストリアにも分かっている。
だが、自分やスタシアナにしてもクアトロと同じだけクアトロの身を案じているのだ。
「貴様ら、いい加減にしろ!」
怒気を発しながらクロエが一歩を踏み出す。
その時だった。
「斬!」
宙に浮かぶ魔法陣から大剣を振り下ろしながら、エネギオスがクロエの頭上を襲う。クロエは片手で防御壁を展開させて、エネギオスが振り下ろした大剣を受け止める。
次いでヴァンエディオが現れた。ヴァンエディオは即座に宙で展開させた無数の灰色の球体をクロエに目掛けて一斉に放つ。
クロエは残る片手で再度、防御壁を展開させた。ヴァンエディオが放った灰色の球体は防御壁によって全てが防がれたに思えた。しかし、球体が防御壁にぶつかる度に、徐々にその壁を侵食しているようだった。
「我が王とその思い人に対する数々の無礼。滅んで頂きますよ……」
ヴァンエディオが左右の口角を上げて微笑みながら言葉を発する。だが、その目は一つも笑っていなかった。
クロエの顔に明らかな焦りの色が浮かんでいるようにみえた。
エネギオスは変わらず頭上から防御壁ごとクロエを両断しようと、大剣を振り下ろし続けている。防御壁とエネギオスが持つ大剣との間で白色の火花のようなものが立ち昇っていた。
「何だ、これは!」
突然、クロエが悲鳴にも似た狼狽した叫び声を上げる。
「地獄の蓋を開けさせて頂きましたよ……」
エネギオスたちの攻撃を防ぎながらも狼狽するクロエの前にゆらりとトルネオが現れた。トルネオが言うように気がつけば、クロエの足下は茶色の大地ではなくて粘つくような赤黒い液体で満たされていた。その赤黒い液体からは無数の手がクロエに絡みつこうと伸ばされている。
「アストリア、俺の剣をここへ!」
エネギオスたちに翻弄されているクロエに視線を向けていたクアトロが不意に叫んだ。
そして、クアトロは顎で自分の足下を指し示した。自分の足下まで長剣を持ってこいとアストリアたちに言っているのだろう。
「治癒が先です!」
「手をくっつけるんですよー!」
アストリアとスタシアナが同時に声を上げる。
「大丈夫だ! 頼む、アストリア!」
クアトロの赤い瞳が強い意志を発しながらアストリアを捕らえていた。一瞬だけその顔を見つめたアストリアは頷いて、放り出されたように大地の上で転がっていたクアトロの長剣に駆け寄った。
そして、それを両手で抱えるようにして持つと、すぐさまクアトロのところまで再び戻って来る。アストリアが足下に運んできた長剣を置くと、クアトロはスタシアナに赤色の瞳を向けた。
「スタシアナ、何も心配をすることはない。俺は大丈夫だ。だから、頼む……」
アストリアにはクアトロが何を頼もうとしているのかは分からなかったが、スタシアナはクアトロの思いを知ったようだった。
頷いたスタシアナはクアトロの長剣に両手を翳す。
「……神刀」
スタシアナの言葉と共に長剣が黄金色に輝き始めた。クアトロは上半身を屈めると、長剣の柄を己の口で咥え込んだ。




