コーヒー
バイトを辞めようと思った。何の変化もなく続く日々を傷つけたいと思ったのだ。
人は見えない酸素の恩恵を受けていることを、自分の首を絞めて初めて気づくものだ。息をすることすら面倒になってしまった今、するべきことはただ一つ。この小洒落たカフェの仕事を辞めてやることだった。
店内に垂れ下がる緑たちは人通りがあると微かに揺れる。木の質感が雰囲気を出す内装に、朝日も夕日もよく映える店だった。
私の性格にあっていたのかはわからない。ただコーヒー豆を挽いたあとの匂いは好きだった。豆から挽いたコーヒーは抽出する直前が1番香り立つと思っている。その一瞬はいつもこのバイトに就いてよかったと心から思った。
洗い物をしながら次は何の求人を探そうか考えていた。生きた心地がするバイトがいいな、とぼんやり思う。話すことも少なくて、人から教わるより自分一人で勉強できて、クレームが少ないような。
心臓をなぶられることで生まれる時給ならいらないけど、お金は欲しい。
強欲か、と私は独りごちた。
ふと店長が淹れたコーヒーが香り立つ。白いカップにきれいに八分目まで注がれたコーヒーは、抽出した後でも意外と心に沁みるような匂いがした。