第六章:いじめ・虐待対策(1)
かなめの心に刺さる“小さな棘”。
それは沖縄のラジオ局で行われた特別授業で起きた。
かなめへの質問を受け付けた際に、オペレーターがある少年からの電話を取った。
「僕は学校でいじめられています。もう、学校には行きたくありません。かなめ先生はみんなを守ると言っていますが、たぶん僕は夏休みが終わるに死んでしまうと思います。」
突然の出来事にオペレーターは動揺し、氏名や住所を聞くこともできないまま電話は切られてしまった。
番組スタッフをはじめ、かなめにもこのことは情報共有され、かなめは中井知事に連絡を入れ今後の対応を依頼し東京へと戻った。
それから3日後のこと、中井から電話で報告を受ける。
・現在のところ県内において当該者らしき自殺は発生していない
・沖縄県警が本件の捜査を行っているが、通話記録から国際通りの公衆電話からかかってきたことを確認
・周辺の防犯カメラを調べたところ当該者と思われる少年は確認できたものの、帽子をかぶっていたため人相まで確認できていない
・防犯カメラの設置台数が少ないことからリレー捜査が困難である
などの内容であった。
引き続きの捜査を依頼し電話を終えたかなめは、上村文科相を官邸に呼んだ。
「何事ですか?」
突然の呼び出しに困惑する上村だったが、一連の経緯を聞き終えると、
「長年にわたり未解決のテーマですね。人権やプライバシーの問題もあり、なかなか踏み込んだ対策が打てていない。それに、直接的な暴力に加え、ネットを通じた精神的なものなど多様化しているため、いじめている側にも自覚が希薄している部分がある。」
「家庭における虐待も解決できていません。家庭内で起きているため表に出にくい上に、親への恐怖などから本人も声を上げづらい現状があります。」
「そうですね。で、今回のご用件は?」
「この問題に政府として抜本的な対策を打てないものか、と。」
「国防と同様、反発もきますよ。」
「ええ。それでも子供たちを守りたいのです。」
「総理らしいですね。わかりました。少し時間をください。」
「どのくらいかかりそうですか?」
「1ヶ月、いや1ヶ月半ほどかと。」
「それでは遅いのです。来月の臨時国会で何らかの対策が打てませんか。」
「いや、お気持ちはわかりますが少し冷静になってください。来月の臨時国会は参院議長などの選出がメインです。その後は皆お盆にあわせて地元に帰る大事な時期です、」
「わかっています。でも・・」
「総理、ここは県警を信じたらいかがですか?」
無理を通しているのはわかっていた。県警を信じていないわけではない。
いかし、かなめの心の棘は刺さったままだった。
上村に今後の対策を依頼し会談を終えたかなめは再び中井に電話を入れる。
「どうされましたか?」
「いえ、落ち着かなくて。」
「総理はそんな方だったんですね。意外です。」
「何らか手は打てませんか?」
「事の性質上、公開捜査ができませんから、やれることに限りがあります。私は以前、小学校の校長をしておりました。いじめの問題は値が深い。まず問題なのは実体を把握しづらいことです。周りは気づいても告発しない、本人も仕返しを恐れてできない、いじめている側はいじめている、という自覚がないか、いじめを拒否すると自分がいじめられる側になってしまう、という恐怖感から自らやめることができない者もいる。」
「おっしゃる通りです。」
「教育者として恥ずかしい話ですが、私自身、現役時代にいろいろと考えたものの、費用や実効性、周囲の反応などの問題から結局無策でした。現場にいる教員も消極的な対応になる傾向にあります。」
「当時はどんな対策を考えられたのですか?」
「学校への防犯カメラの増設、通報システムの整備などですが、学校独自で行うには予算がありませんでした。教育委員会や県議会への働きかけも行ったのですが、「監視社会」への反発を恐れて導入には消極的でした。」
「家庭内の虐待についてはどうでしたか?」
「そこまで現場は手が回らないのが現状です。表面化すれば警察が動く。何らかの兆候があった場合、家庭訪問などもしますが、そこで解決するケースはほとんどありません。児童相談所に連絡を入れ、経過観測対象にする程度です。あ、ちょっとお待ちいただけますか?」
「はい。」
しばらくの後、
「総理、目撃者が見つかったようです。ミエグスクの港で釣りをしていた老人が防犯カメラの画像と同じ帽子をかぶった少年と話をしたようです。」
「ミエグスク?」
「ああ、三重県の三重にお城の城と書きます。国際通りからもそれほど遠くないところにある港です。」
「すみません。沖縄の地名って難しくて。」
「内地の方は皆そうですよ。」
「で、いつのことですか?」
「2日前です。何でも釣りをしていたらウミガメが釣れて。そうしたら少年が近づいてきたそうです。沖縄では珍しく大阪ベアーズの帽子をかぶっていたので印象に残っていたようです。」
「そうでしたか。」
「まあ、もう少し待っていてください。全力であたってますから。」
「国としても、対策を検討する予定です。またご意見を伺ってもいいですか?」
「もちろんです。国が動いてくれるのであれば助かります。私のほうでも対策を考えておきます。」
「お願いいたします。」
2013年8月2日、第184回臨時国会召集。
参院議長の選出などが行われ、7日に閉会。
これまでのところ少年に関する報告は入っていない。
かなめは一時地元に帰ることにした。