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第五章:2013.7.21参院選

7月4日の告示以降、候補者応援のため、かなめを中心に自由民政党幹部は全国を駆け回る。


今回の参院選では、3分の2である160議席の獲得をかなめは目標としていた。

選挙前、自由民政党の議席数が84議席。第一党である民政党の議席数が106議席であることから考えても、かなり高い目標であることは言うまでもない。

そして、今回参院選のテーマが、消費税増税延期、防災対策としてのインフラ整備を中心とした経済対策の是非、そして国防。

改選対象となる党内議員からは、


「国防なんかをテーマにしたら勝てるわけがない」


と猛反発を受ける中、前回の衆院選で惨敗を喫した民政党もマスコミを利用して重点的にこの点を突き、攻勢を強める。


「軍靴の足音が聞こえる」

「いつか来た道」


右傾化する政府、と新聞・テレビが国防に焦点をあてたことで世論は経済対策の是非よりも国防への関心が一気に高まり、自由民政党候補者の一部からは党幹部の応援を固辞する者も少なくなかった。


「かなり厳しい情勢です。」

岩原が世論調査の結果を持ってかなめを訪ねた。

JHKの世論調査では、自由民政党37.5%、民政党27.4%、公正党7.0%、支持政党なし23.3%となっていた。


「公正党との連立で過半数を獲れるかどうか、ですね。」

「連立では意味がないのです。ましてや公正党は国防には消極的ですから連立を組んでも、いずれ弊害になります。」

「しかし、それでは3分の2どころか過半数も厳しい。」

「厳しい戦いになるのは初めから覚悟の上です。無党派層への手立てを考えます。」


そう言って岩原と別れたかなめだったが、世論調査の結果を聞き追い詰められていた。手立てを考えるとは言ったものの、残り一週間となった選挙戦で打てる手は限られている。



「沖縄;;;」

かなめは、急ぎ沖縄へ飛んだ。


日本に存在する米軍基地の多くが沖縄に集中している。騒音や性犯罪、墜落事故など沖縄県民は米軍の駐留に反対の意見が大勢を占めている。

2009年8月に行われた衆院選の際、民政党党首の鳥山は米軍再編や基地問題の見直しを公約に掲げ、普天間基地移設について「最低でも県外」と宣言し地元の期待を一身に集めた。しかし、それから4年が経過した今も普天間基地の移設はなされていない。


「沖縄の理解を得られれば、世論は変わる。」


かなめは、残り5日の選挙戦全てを沖縄に費やした。中心部の那覇はもちろんのこと、辺野古への移設に前向きな名護、石垣や宮古、座間味や阿嘉などの慶良間諸島から与那国に至るまで有権者のいる全ての島を回り、まさにどぶ板の選挙戦を繰り広げた。


各地の集会でかなめは、国防強化の重要性、米軍との協力が今は不可欠であること、南シナ海・東シナ海・尖閣諸島における中国の脅威など県民に真正面から訴えた。

しかし、首相が来るということで各地の会場は満席にはなるものの、有権者の反応は冷ややかなものだった。やはり鳥山の一件も含め、長年にわたり政治への不信感がここ沖縄では特に根強いものがある。

地元紙である沖縄新報、琉球タイムスは、かなめについて、


「空回りの奔走、必死の訴え届かず」

「刃部首相、県民との“溝”埋めららず」


などの記事を連日報じ続けた。


選挙戦も終盤にさしかかった7月19日金曜日の夜。

那覇市内で行われた集会の後、母親に連れられた一人の少女が母親の手を振り切り駆け寄ってくる。


「お願いだから戦争をしないでください」


あわてて制止する母親に「大丈夫ですよ」と声をかける。


膝を曲げ、少女と目線を合わせたかなめは、


「おなまえは?」

「島袋遥です。」

「遥ちゃんは、何歳ですか?」

「10歳、小学5年生です。」健一と同じ年齢だ。


「今日、私の話を聞いてくれたのかな?」

「はい。でも、よくわかりませんでした。」

「そうだよね。小学生にはちょっと難しかったよね。」

「はい。でも沖縄では戦争で多くの人が死にました。だから戦争をしちゃだめです。」

「今日の話は日本が戦争をするという話ではないの。戦争をしないためにしなくてはならないことを話しだの。」

「よくわかりません。」

「うん。じゃあ、どうしたら遥ちゃんにもわかってもらえるかな?」

「う~ん・・・」しばらく沈黙した後、


「お父さんに頼んでみます。」

「え?お父さん?」かなめは首をかしげた。

「お父さんはラジオ局で働いています。だからお父さんに頼んでみるから、私たちにもわかるようにラジオで授業をしてください。」

「遥ちゃん、ごめんね。私、明日までしか沖縄にいれないの。」

「じゃあ、明日だったら平気ですか?」

「うん、平気だよ。」


「総理、お待ちください!」秘書官が声をかけるも、かなめは手を伸ばし遮る。


「じゃあ、今からお父さんに電話してみます。」



この日の予定はこの集会で最後だったため、電話の結果を待つことにした。父親の立場はわからないが、結果は想像できる、急すぎる話だ。


「お父さんが電話を替わってください、って言っています。」と言って電話を差し出す。

「替わりました刃部です。」

「娘の話は本当だったんですね、驚きました。島袋直正と申します。沖縄のFM局でパーソナリティーをしています。」

「パーソナリティーの方でしたか。」

「はい、もし総理の予定に問題なければ明日の正午から1時間の放送枠を

用意しますがいかがですか?」


出発を調整すればどうにか都合がつけられる。かなめは受けることにした。


「ありがとう。でも本当にいいの?」口調が親しげに変わった。

「大丈夫。明日はかなめ先生の特別授業です。しっかり聞いてね。」

「うん。みんなにも知らせるね。」


こうして急遽ラジオ出演が決まった。

宿泊先へ向かう車中、秘書官が尋ねる。


「なぜ、この大事な時期にあそこまで?」

「断るのは簡単です。でも、彼女たちも10年後には有権者になります。その時、彼女たちは政治にどんな感情を抱いているでしょうか。あそこで断ってしまったら私は未来の有権者に背を向けることになると思ったのです。」

「わかりました。では明日の予定を急ぎ組み換えます。」

「ごめんなさい。」



この日、かなめは徹夜で授業内容をまとめることになった・・・



そして翌日の正午。

「沖縄のみなさん、こんにちは。刃部かなめです。今日はみんなに「にほんのせいじ」について、かなめ先生の特別授業をさせてもらいます。」

こうして始まった番組は、前半は第二次世界大戦において沖縄で起きたこと、世界唯一の被爆国として日本が果たすべき役割、大戦を経て日本は戦争をしない国になったこと、自衛隊や米軍がみんなを守ってくれていることを語った。


「遥ちゃんが私に言ってくれました。戦争をしてはいけない、と。そうです。戦争はいけないことです。でも世界ではまだまだ戦争をしている国があります。だから先生は一日でも早く、この世界から戦争がなくなるようにがんばっていきます。」


後半は子供たちからの質問に、できるだけ多く答えた。


「日本はアメリカと戦争したのに、なんで今は一緒にいるのですか?」

「日本はアメリカと喧嘩をしたけど、もう仲直りしたの。そしてその時、これからは一緒に頑張ろうねって指切りをしたの。だから今はアメリカとも仲良しなんだよ。」


こうして、最後にこう締めくくった。

「最後に、、もう一度言います。日本は戦争をすることはありません。でも、日本に攻撃をしてくる国が出てくるかもしれないのです。だから先生は大切な皆さんを守るための準備をしたいのです。皆さんや皆さんの家族、お友達、沖縄の人、全国の人たちを守るために先生はこれからもがんばりますので応援してください。」



東京へ戻る機中、かなめは遥に電話を入れた。


「どうだった?かなめ先生の授業は?」

「うん、勉強になったよ。クラスのみんなや先生も聞いたって。」

「そう、よかった。」

「ねぇ、かなめ先生、また沖縄で授業してくれる?」

「う~ん。すぐには難しいかな。」

「じゃあ、いつかでいいからまた電話して。」

「はい、了解です。」



こうして迎えた7月21日の投票日。

午前中、官邸で待機するかなめの下に須賀山がやってきた。


「まさか、総理が子供たちに授業するとは。」

「すみません。大事な時に。」

「いえ、どうやら局始まって以来の高聴取率だったらしいですよ。」

「え、そうなんですか?」

「ネットでも話題になっているようで。そのせいか若い母親たちの投票率が上がっているようです。」

「結果を待ちます」


そして開票の結果、自由民政党127議席、民政党51議席、公正党19議席、みんなの会18議席、日共党11議席、維新日本党9議席、その他7議席となった。


自由民政党は単独過半数は獲得したものの、目標としていた160議席には遠く及ばない結果となった。


「単独過半数、十分じゃないですか。」と、岩原。

「いえ、私の力不足です。申し訳ありませんでした。」


そして、かなめの心にささる“小さな棘”・・・


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