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第一章:首班指名


2011年3月11日14時46分18秒。

東北地方太平洋沖を震源とするマグニチュード9.0という観測史上初の巨大地震が日本列島を襲った。その後に発生した津波も重なりその被害は甚大なものとなる。

同時刻、ある変化が起きていた。この地震により発生した巨大な地殻変動エネルギーは空間を歪め、もう一つの地球を異空間に作り出す。いわゆるミラーワールドの誕生である。


これはそのもう一つの地球の話-----


時の政権を担っていたのは民政党の菅野直彦内閣総理大臣。

2009年8月に行われた衆院選で自由民政党から政権交代を果たしたものの、地震後に発生した東日本電力福島第一原子力発電所の事故対応に追われる。しかし、与党としての経験不足、危機管理能力の欠如を露呈、現場を混乱させることとなる。国民が不安を抱える中行われた翌月の統一地方選で民政党は惨敗。国民は明確な民意を政権に突きつける結果となった。野党第一党である自由民政党は内閣不信任案の提出で攻勢を強め、菅野内閣を総辞職に追い込む。その後、9月には野口佳人が内閣総理大臣に就任するも、国民の支持が回復することはなく、低迷する経済が続いていた。


2012年1月。自由民政党本部。

山垣総裁と岩原幹事長はある重大な問題を抱えていた。


「衆院選はともかく、総理が・・・・」

「そうですね・・・時期が悪い。」


重大な問題というのは9月に行われる自由民政党総裁選のことである。現在総裁である山垣の任期満了に伴い行われるのだが、遅くとも翌年までに行われる衆院選での勝利が濃厚なことからこの総裁選において選出された人物が次期内閣総理大臣となる公算が大きい。しかし、民政党同様、困難な国政運営を強いられることが確実なことから皆腰が引けているのである。


「平時であれば、こんなことはあり得ないのですが。」

「ああ。政権を取り戻すにはただ立てればいいというものでもない。国民に対してインパクトも必要だ。」


結論がでることはなく、岩原は車へと向かった。


「あ、幹事長! お疲れ様です。」


廊下の向こうから大量の資料を抱えた女性が近づいてくる。


「おお、かなめちゃん。どうしたんだいその資料は?」

「あ、これ部会の準備に必要で。」

「そんなの秘書にやらせればいいのに。」

「ええ、でも自分でやらないと気が済まない性分で。おっと、では失礼します。」


刃部かなめ 34歳。福島1区選出の3期生。

福島県福島市出身。大学卒業後、父親である経済産業大臣刃部俊雄の私設秘書をしていたが体調を崩し政界を引退。跡を継ぐ形で2003年11月に行われた第43回衆院選に初当選。2005年9月から大泉内閣の下、経済産業大臣政務官を4年間務める。俊雄と岩原が同期であったことから、かなめは岩原とは幼少時からの旧知の間柄であった。


足早に去っていくかなめの後ろ姿を見送り、岩原は事務所へ向かった。



「あいつが引退してもう9年か。」

車中、岩原は俊雄を懐かしく思い電話をかける。


「おお、岩原か、久しぶりだな。元気か?」

「ああ、どうだそっちは?」

「こっちは隠居の身だ。気楽なものさ。どうした急に?」

「ああ、今かなめちゃんに会っったんでな。おまえを思い出して。」

「そうか。そっちは大変そうだな。」

「隠居になっても、そのあたりの話は早いんだな。」

「まあ、いろいろと話だけは入ってくる。どうだ?たまにはこっちに来ないか。」

「考えておくよ。」


地震から1年が経過した2012年3月。

原発の視察を終えた岩原は、福島県にある飯坂温泉に向かった。


「おお、よく来たな。」

「景気はどうだ?」

「見ての通り、常連客は閑古鳥様だけだよ。まあ、ゆっくりしていってくれ。」



かなめの実家は飯坂温泉で旅館「旅籠刃部屋」を営んでいる。

温泉を堪能した岩原は俊雄と酒を交わしていた。


「まだ決まらないのか?」

「ああ、山垣さんはインパクトにこだわっていてね。」

「平時でもインパクトを求めたら誰もいないだろ。」

「その通り。」


しばらくの沈黙の後、俊雄が口を開いた。

「かなめはどうだ?」

「え?冗談だろ?」

「いや、俺なりにあの電話の後考えてみた。女性で福島出身、身ぎれいな奴だ。インパクトを求めているのであればなおさら、担ぐには十分じゃないかな、と。」

「いくらなんでも無茶な話だ。」

「おまえはいつも前例にこだわりすぎる。俺の娘だから言っているんじゃない。この国難を乗り切り、次の世代につなげていくには、かなめのような若い力を活かす懐の深さも今の自民党には必要なんじゃないのか。」

「確かに悪くない話だが、幹部連中が何というか・・・」

「それを何とかするのがお前の仕事だろ!」

「引退したお前が気楽に言うな!」

「ハハハッ」


東京に戻った岩原は山垣に俊雄との経緯を報告した。

「さすが刃部さんだ。やめても剛腕ぶりは健在だな。」

「総裁はどう思いますか?」

「大臣経験がないからな。異例中の異例だ。しかし、憲政史上初の女性総理というのはインパクトがある。」

「では、総裁としては・・・」

「ああ、俺は問題ないよ。あとは幹部だがな。」

「わかりました。」


山垣の同意を得たことで事態は動き出す。


「おお、岩原。山垣さんはどうだ?」

意外にあっさりOKしてくれたよ。」

「そうか、そりゃよかった。」

「ところで、かなめちゃんはこのこと知っているのか?」

「そんなわけないだろ。でも大丈夫だ。俺の娘だからな。」

「そこは、“俺の娘”なんだな。」


2012年5月、赤坂に各派閥の領袖が集う。

岩原はこれまでの経緯を説明した。


「下野して3年。ようやく政権が戻せるのにそこまで賭けに出る必要があるのかね?」

「そうは言っても候補を立てられない我々にも責任はある。」

「普段なら皆喜んで手を挙げるところだが、山垣さんの続投ではだめなのか?」

「総裁は固辞しています。」

「そうか・・・」


やはり厳しいか、岩原は心の中で思う。自由民政党は戦後の日本において長期的に政権を担ってきた。その功罪として、肥大化した党内は保身的になり、自身、そして派閥の利益で動く議員が多くなったのは否めない。


これまで口を閉ざしていた最大派閥町田派の町田信秀が重い口を開く。

「私は国会議員として長く永田町にいるが、今回の震災は議員人生最大の国難と考えている。国民もそうだ。次の衆院選では我々がその期待を預かることになる。

自民党としてではなく、一人の国会議員として私はこの国難に誇りをもって臨みたい。だが、我々のようなしがらみだらけの議員では大胆な政策は打てまい。」


この言葉で流れが変わった。

「では・・・」

「私は協力させてもらうよ。」


最大勢力の町田が了承したことで他の派閥も町田に続く。

これで外堀は埋まった。あとは、刃部本人-----


会合から一週間、岩原はかなめを築地に呼び出した。


「幹事長、どうしたんですか?」

「ああ、食べながら話そうか。」



「あ、アオリイカ!秋のアオリイカも小ぶりでおいしいんですけど、この時期は大きくなってこれはこれでおいしいんですよね。耳の部分もコリコリしてて最高!」

「かなめちゃんは魚好きなんだね。」

「福島生まれですからね。でも、今福島の魚はこの築地はおろか、どこでも食べることができません。宮城や茨城の魚は出荷できても敬遠されがちです。安全は担保されているのに。」

「そうだね。どうだい?地元は。」

「福島だけでなく、周辺の県も皆苦しんでいます。農業、漁業、観光が特に。仮設に移った人たちも先が見えないことへの不満が強いですね。地元に帰ると政治への不満ばかりです。“国は何をやってるんだ”って。」

「この一年で動かないことへの不満は私もよく聞くよ。」

「一日でも早く政権を取り戻せればって思います。」

「そうだね。そのことなんだけど、9月の総裁選出てみない?」

「えっ?えっ?誰がですか?」

「かなめちゃん。」

「冗談を言うためにここまで呼び出したんですか?」

「真面目な話だ。」

「・・・」


岩原はこれまでの経緯をかなめに話した。俊雄のことを除いて。

かなめはこの話が真実であることを岩原の目を見て理解できた。


「10日ほど、時間をいただけないでしょうか。」

さすがに頭を整理する時間が欲しかった。


「もちろん。」



その週末、かなめは単身福島に戻った。

「おお、かなめ。どうした?祭りは9月だぞ。」

「うん、ちょっと出かけてくる。」


かなめは公衆浴場に入った。

「あ、かなめちゃん元気?」

「こんにちは。おかげさまで。」

その後、2件の公衆浴場、土産物屋などをめぐり、幼なじみの健太の店に向かった。


「お、かなめか。餃子でいいか?」

「うん、焼きそばもね。」

「あいかわらずよく食うな。オッケー。」


餃子と焼きそばを食べ、一息ついたところで健太に声をかける。


「ケンちゃん、明日ヒマ?」

「うちの定休日知ってるだろ?」

「うん、でも時間とってくれないかな?」


いつもと様子が違うことを感じた健太は厨房に声をかける。

「おい、明日一人でいけるか?」

「いいわよ。」


翌日、健太の運転する車でかなめは県内を回った。議員の多くは、自身の起こす交通事故を避けるため自分で運転することはしない。しかし、今回は秘書を連れず単身で戻ったかなめは健太に運転手を依頼したのだった。


原発周辺、除染作業をする人々、田植えの終えた田んぼ、漁港など様々なところをただただ無言で回るかなめの目には涙が浮かんでいた。その姿を健太も黙って見守る。


「ケンちゃん、ありがとう。」

「もういいのか?」

「うん。」


家に戻ったかなめは、俊雄と向き合っていた。


「先日、幹事長より総裁選への出馬要請がありました。」

「そうか。」

「今日、県内を見てきました。」

「生半可でできるものではないぞ総理は。」

「はい。もちろん福島のことだけでないことも。」

「受けるのか?」

「それを決めるため戻ってきました。」

俊雄は黙ってうなずく。


「飲むか?」

「うん。温泉卵もね。」


翌朝、家をでたところで2人の子供に出会う。

「あ!かなめちゃん!」

「おはよう、健一くん、ゆりちゃん。」

健太の子供だ。

「昨日はお父さん借りちゃってごめんね。」

「いいって、いいって。かなめちゃんの頼みだもん。」

「ありがと。」

「あのね、お父さんとお母さんなんか元気ないんだ。地震があってからずっと。家でもあまりしゃべってないんだよ。昔はいっぱい遊んでくれてたのに。」

「そうか。」


明るく見せていた健太も、その苦しみをかなめには見せなかった。


「全部、地震が悪いんだ。政治に期待しても仕方ないってみんな陰では言ってるし。」


「健一くん、ゆりちゃん、確かに自然は多くのものを奪っていくけど、同時に多くの恵みもくれるよね。だから自然を恨むのではなく、仲良くすることが必要なの。確かに地震はつらいことだったよね。でも、下ばかり見ていてはだめ。上を見てごらん。この青い空は地震の前も後も変わらない。私がこの青い空のようにみんな元通りになるように頑張るから。」

「だって、みんな政治はだめだって・・・」

「うん。今はそうかもね。でも、カンジンカナメのかなめちゃんだよ。信じてもらえないかな?」

「うん、カンジンカナメのかなめちゃんだもんね。」

「ありがと。」



東京に戻ったかなめは、岩原の事務所に赴いた。


「答えはでたのかな?」

「はい。ただ、1つだけお願いがあります。」

「何だい?」

「利権やしがらみに縛られない政治をしたいと考えています。つまり、私が自由に動ける環境を担保いただけないでしょうか?」

「うん。みんなが君に期待しているところはそこなんだよ。我々では無理なんだ。」

「では、改めてお受けいたします。」

「よかった。もう、かなめちゃんとは呼べないね、刃部総裁。」

「もう、茶化さないでください!今まで通りでいいですから。ところで、今回の一連の件ですが、幹事長が私を推してくださったのですか?」

「まあ・・・・ね。」



2012年9月。

同月26日に行われる予定であった自由民政党総裁選だったが、かなめ以外の立候補者が出なかったことから無投票でかなめが第25代自由民政党総裁に就任することとなった。争うことなく党一丸となって臨むという意志を国民に示したい、というかなめの意向がさっそく反映された形となった。


この結果に飛びついたのが報道機関である。

「自民党が血迷った!」

「35歳に国の未来は託せるのか?!」

「大臣経験のない総裁、自民党は賭けに出た!」

当然といえば当然である。報道機関はもとより、日本国民もこれには驚かされた。


全国区での知名度のないかなめだが、東北、特に福島の地元では好意的に受け取られたようである。

「かなめちゃん、やったね!」

健一とゆりはテレビの前でハイタッチをした。


一番喜んだのは民政党である。これなら勝てる、と。

2012年10月29日に召集された第181回臨時国会において野口首相が解散に言及、11月16日に衆議院は解散した。

かなめはこの間、積極的にメディアに出演し、解散の時には既に全国区に顔を知られるまでになっていた。あくまでも知名度”だけ”ではであるが・・・


12月16日に行われた第46回衆院選。

民政党の目論見は完全に外れる結果となった。国民は「未知数の若い力」を選択した。過半数を大きく上回る294もの議席を自由民政党が単独で獲得したのである。この結果に一番驚いたのは、もちろんかなめ自身であった。


「これで日本を動かせる。」かなめは心の中でつぶやく。


12月26日に召集された第182回特別国会。

「右の結果、刃部かなめ君を衆議院規則第18条2項により、本院において内閣総理大臣に指名することに決まりました。」


多くの拍手の中、かなめは深々と頭を下げた。

第96代内閣総理大臣刃部かなめの誕生である。


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