最強の最悪の魔物は……
「聞いてくれ顔なし」
「……」
顔なしとは呼ばないで欲しいのだが……「脳みそ垂れ流し!」の呪文が効いている間は許してやろう。
「……説明は手短に頼むぞ」
「俺だって生まれた時から勇者だった訳じゃない。勇者の血筋なんてものでもなかった。だから必死で頑張ったんだ。村のため、町のため、国のために……」
「……勇者だから当然だろう」
人のために戦ってこそ勇者だ。自分のために戦うのではない。
「ああ、当然さ。だが、当然すぎるのさ……。俺達が命懸けであんたらモンスターと戦って傷ついて帰るのに、宿屋に帰ったら何と言われると思う?」
……面倒くさい話になりそうだ。どーでもいーぞ。
「……お疲れ様でした……とかか?」
「ブッブー!」
……唾が飛んでくるのが……歯痒い。
「ちげーよ。『一泊一万円になります。朝食バイキングは別途千二百円いただきます』さ」
――普通! 価格設定も……普通! いや、朝食抜きで一万円はちょっと高いのか――?
「そりゃあ支払うよ。でもな、毎日毎日命懸けで皆のために戦って、クタクタになって帰って来た勇者から……お金取る?」
「……」
魔王城なら無料だ……と言いかけてやめた。勇者が魔王城に住み着くと……ややこしそうだから。
「それに、国王だっていつもいつも金と土地の話ばかりだ。魔物よりも怖いのは隣国との争いだ。あんたら魔物がいるから人間同士が戦わずに済んでいるが、いなくなったらすぐにでも隣国と戦争できるよう国費をつぎ込んで着実に準備していやがる」
「……」
人間どもの醜い争いか……。モンスター同士は滅多なことでは争わない。たぶん。
「勇者相手に金を稼ごうとする商人ども。生き返りの度に高額を取る神父ども。勇者を騙そうとするオレオレ詐欺……。勇者だからといって、誰もタダでご奉仕してくれない!
――人はすべて金儲けのためだけに生きている!」
「……」
「世の中、金だ……現金なんだ。金のために魔物を倒し、金のために罠付きの宝箱を開ける。……宝箱のお化けと知っていても開けるしかないだろ? 違うか?」
「……ああ。違わない」
宝箱のモンスター……レアなアイテムを持っている……。
「金に振り回される人生……金こそが悪の根源……。最強の最悪の魔物さ」
「……」
……よほど辛い思いをしたのだろう。スロットにハマったとか、自動販売機の釣銭を取り忘れたとか……。財布をなくしたとか、お気に入りのテレホンカードを使われて穴が開いたとか……。
「勇者が多過ぎるせいかもしれない。たった一人ならそんなこともなかった」
「ああ。ああ」
「――もっとちやほやしてもらえるはずだった! ハーレムだってもらえるはずだった!」
ハーレムはいらないだろう……。
「ハーレムの維持費なんて考えただけで鳥肌が立つ!」
……考えるな維持費を。
だがこれほどまでお金を怖れているとは……。勇者よ、悪いが魔王様に報告させてもらうぞ――。
「かわいそー。もう一回チュウしちゃおう」
「やめんか!」
締め上げられた勇者に近付こうとするキス魔を引き離す。
「勇者よ。お前の怖い物、悪いが利用させてもらうぞ」
「……勝手にしろ」
「我らは魔族だ。人間の敵なのだ」
がっくりうなだれる勇者が……少し気の毒になる。勇者よ、強くなるがいい――。
さて、任務は達成できたが帰るにはソーサラモナーを探さなくてはならない。あのイカレた魔法使いは脳みそ垂れ流しながらどこをほっつき歩いているのだろう。
206号室の扉をゆっくりと開くと、なんと廊下を出たところをウロウロしているではないか!
「あれ、デュラハンよ。ここはどこだ? 俺達はなにをしていたんだっけ?」
「……」
軽い記憶障害か。まあ……余計なことを覚えているよりはマシなのかもしれない。ソーサラモナーは見かけ上は小汚いおっさんだから、勇者一行もぜんぜんノーマークだったのだろう。
騒ぎが大きくならなかったのだけが幸いだ。いったい俺達はなにをしているんだ……。
「目的は達成した。魔王城に帰るから部屋に集合してくれ」
「はあ? ああ」
206号室に入ると――やられた!
また勇者の顔に口紅がベタベタ付いている……。勇者がヒックヒック泣いている。たぶんファーストキスを奪われたのだろう――。
縄で縛られたキスマークだらけの勇者……。この姿を他の者に見られでもしたら、どんだけ悪趣味なのかと常識を疑われてしまうだろう。
勇者よ、強くなるがいい――。
「ちょっと、これどうしたの?」
「勇者が椅子の上に縛られているけど、これはデュラハンの仕業なのか?」
お前達の仕業だ! 臭い縄はお前の持ち物だ!
「……用は済んだ。帰ろう」
「え、もう?」
「ああ。勇者よ、貴様も頑張るがよい」
「……うわ! 顔がないのに喋った!」
「……」
もう、どうでもええわ……。
「――瞬間移動!」