禁呪文「脳みそ垂れ流し!」
縄でグルグル巻きにされた勇者の口に、ガムテープを貼る。
「んーんー!」
「安心しろ。これはガムテープではない。養生テープだ」
「んーんー!」
「勇者よ、貴様に聞きたいことがある」
「んーんー!」
「痛い目に遭いたくなけれな我々の問いかけに素直に答えるがよい」
「んーんー!」
「お前の一番怖い物を言うがよい」
「んーんー!」
「『んーんー!』では分からん――!」
勢いよく口に貼ってあった養生テープを剥がすソーサラモナー。敵にすると怖いタイプなのだろう……。
「プハー、なんでも答えます。答えますから口にガムテープを貼るのはやめて下さい!」
「黙れ!」
また口に養生テープを貼る。そしてまた剥がす!
唇が赤くなっている……。これは一体……何の罰だ?
「早く言って楽になるがよい。もう一度聞く。お前の一番怖い物を言うがよい」
勇者の目が少し涙目になっているのが笑えてしまう。養生テープ……恐るべし。
「俺が怖いのは……魔王……様。いや、魔王じゃなくて、あの……四天王です」
視線が右に左に泳いでいる。
「――顔色を窺って答えを変えるな!」
「最低な勇者め!」
「誰が『顔がないから顔色が分からない』と言った――! もう一度言ってみろ!」
「「――誰も言ってない!」」
逆切れされてしまった……ちくしょう……。
「強情な奴だ。まあいい、俺の自白の魔法で全てを語り楽になるがいい。『脳みそ垂れ流し!』」
「うわあ! やめてくれ!」
椅子の上にミノムシのように縄でグルグル巻きにされた勇者が悲鳴を上げた。
「ううううう」
数分後、勇者の目は虚ろになっていた……。ソーサラモナーの「脳みそ垂れ流し!」がよく効いているようだ。敵ながらチョロすぎるぞ……。
「ちょっとだけ勇者って可愛いわよね……。金色の金髪に汚れを知らない青く透き通った瞳。今のうちにチューしちゃおっかなあ~」
「?」
「どうしたというのだサッキュバスよ」
サッキュバスが突然勇者にがっぷりとかぶりつくような口付けをした――!
「「――!」」
鼻から下唇にかけてのディープチュウ……。いや、これは、
「――バキュームキッス!」
目の前でなにやってんの! ――破廉恥だわ!
勇者の鼻や下唇にサッキュバスの真っ赤な口紅がタップリついている……。
「急にどうしたんだ、サッキュバスよ」
さかりでもついたのかと問いたいぞ。
「デュラハンもチュウしてあげたいけど、顔がないから無理よねー」
――ひょっとして、キス魔!
というより、さっきの「脳みそ垂れ流し!」の呪文がごっそり効いてるの?
「ソーサラモナーよ、ひょっとして『脳みそ垂れ流し!』は全体呪文だったのか?」
全体呪文と言っても、普通は敵全体だけだろう。味方にもかかってしまってどうするんだ!
ところが、ソーサラモナーはハンカチを噛み締めて泣いていた。
「ああー酷い! サッキュバスに俺もキスされたい!」
本人の目の前でなにを言い出す。
「嫌よ。わたしは不潔な人は嫌いなのよ。その埃くさいローブを洗ってから出直しなさい!」
「はい!」
――いやいや、「はい!」じゃないだろ! 部屋を出て行こうとしている。
「まて、ソーサラモナーよ! この宿屋にはコインランドリーはなかったぞ」
――バタン。
……本当に出て行ってしまった。これは――まずい。ソーサラモナー以外は瞬間移動の呪文が使えないのだ。
ローブを洗うために夜の街中を彷徨うかもしれない……コインランドリーを探して。
「急がなくては。手伝ってくれ、サイクロプトロール!」
「……ソーサラモナーの気持ち……俺も痛いほど分かるよ」
「……?」
ベッドの横の椅子に上半身裸のサイクロプトロールが座って語り始めた。
「聞いてくれデュラハンよ。実は俺も昔、一度だけサッキュバスに告白したことがあるんだ」
「――!」
サッキュバスに? ……いやいや、というか、ここでそんな恋バナ喋る必要はないはず。
「目を覚ませ、サイクロプトロール! お前まで脳みそ垂れ流すつもりか!」
目が潤んでいる。上半身裸で。
「サッキュバスはキス魔だって有名だが、俺には一度もキスしてくれたことがないんだ。毎日歯を磨いてシャツを着替えて清潔に気を遣ってお洒落な服を着たって駄目だったんだ」
「……」
なんと言っていいのか……。
「酒を飲んで酔っている時がチャンスかと思ってるのに、ぜんぜんキスしてくれないんだ!」
泣かないで、な、頼むから泣かないでくれ。上半身裸で泣くのはやめてくれ。ポタポタ涙が床に落ちている。
「勇者が見ているじゃないか。泣くのはやめるんだ」
「それが……ック、出会って数分しか経っていないような勇者と……ック、あんな熱烈なキスを見せられて……ック。分かるか、俺の気持ち……」
――どうしたらいいんだ! これでは四天王が勇者一行を奇襲して――見事返り討ち状態だ――!
恐るべき「脳みそ垂れ流し!」きっと禁呪文だ!
「もう一回チューしちゃおうっかなあ~!」
「――おやめなさいっ!」
サッキュバスを勇者から遠ざけると、勇者の顔はもう……あちこちに口紅が付けられていて……ごめん、思わず笑った。耳にも付けられている。
「これ以上キスされたくなかったら、貴様の一番怖いものを言え! ――早く! 時間がない!」
「お、俺の怖いものは……」
「キス魔」になっていなければよいのだが……。
「俺の一番怖い物は……お金だ……」
「……?」
勇者は現金な奴だった……。
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