魔王様、変身は諦めてください
「なぜだ! 予が変身してなにが悪いのだ」
「魔王様が変身なさっては、魔王様ではなくなってしまいます!」
「予は魔王じゃぞよ? 魔王はどんな姿に変わろうとも魔王であろう」
魔王は魔王説……。どんなに大きくなってもメダカはメダカ説と同じなのだろう。おっしゃる意味は理解できる。が、――しかし!
「違います! 魔王様が姿を変えては、それはもう、ただのモンスターにございます!」
ややこしい話に先手で釘を打つのが魔王軍四天王の使命なのだ――。
魔王城四階の男子トイレを出た。魔王様は金色の蛇口から出る冷たい水で右手だけしか洗わなかったが、見ないフリをした。……絢爛豪華な刺繍が施された高級カーテンで右手を拭いたのも、見て見ぬフリをした。
私はハンカチーフで銀色のガントレットを拭いた。この銀色のガントレットは脱ぎたくても脱げない。……モンスターだから。
「そもそも変身するなどおかしいです。変身するくらいなら最初からその姿で戦えばいいではありませんか」
その方が正々堂々としている。
「デュラハンよ、『正々堂々』と『作戦勝ち』を混同してはならない」
「――!」
正々堂々と作戦勝ち?
「正々堂々と戦っても負けては意味がない。だが、勝つために手段を選ばないのであれば、真の支配などはありえない。どちらが正しいかと問われれば、どちらも正しいのだ」
いったいどっちだというのだ。
「――魔王様、おっしゃる意味が分かりませぬ」
魔王様のお考えが理解できない私は、まだまだ未熟者だ。コツコツと大理石の廊下歩いていた魔王様が立ち止まる。高い廊下の天井から冬の冷気が下りてきて少し肌寒い。
「予はもっと勇者に威圧感を与え、キャーキャー言われたいのだ」
「……」
さっきの話はどっちでも関係ないらしい。
「キャーキャーの使い方が違う気がしますが……」
魔王様は振り返ると、両の掌をワナワナさせている。
「――普通の魔王は必ずピンチになれば変身するではないか!」
魔王様が語る『普通の魔王』って……どんな定義なのか問いたい。
「たとえば大きな竜に変身したり、若返ってイケメンになったり、髪の毛が金色に逆立ったり……。予想外の大変身にこそ勇者一行は恐れおののき、キャーキャー喜ぶではないか!」
喜ぶ? 喜ばしてどうする――!
額を冷や汁が流れ落ちる。魔王様の必死な形相が今だけはいささか……歯痒い。
「予もキャーキャー言われたいのだ! 魔王としての威厳を保ちたいのだ!」
頭が痛くなる……首から上は無いのだが……。
偏頭痛だ。部屋に帰ったらパファリンを飲もう……。
魔王様が玉座に座るとその横へ立った。普段は誰も来ない魔王城なのだが、いつなんどき誰が来てもいいように秩序ある体勢を整えている。これがジェントルマンの礼儀なのだ。
我ら魔族はモンスターだが紳士なのだ――。
「卿はどう考えるのか」
「……勇者どもがキャーキャー喜ぶのかどうか知りませぬが……。たしかに、大抵のラスボスは一度や二度は変身するのも事実です……」
「であろう――」
魔王様に必死な表情をされると……断れない。見つからないようにため息を飲み込んだ。
「では……なにに変身するおつもりですか」
「それを卿らが考えるのではないか!」
ミー? それを私達が――?
魔王様は……ひょっとすると何にでも変身できるのだろうか……。だとすればもう、それは変身と呼ばず、ある種の変態ではないのだろうか……。
「デュラハンよ、『変態』とはちょっとばかり口が過ぎないか? 予は魔王じゃぞよ」
「めめっめめ滅相もございません!」
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