エルフィンクリーピング
「来ないですね」
「いや、来ている。近付いてくるぞ」
「え」
「隠蔽魔法だろう。面倒な奴らだ」
生き残りが何人いるか知らないし見えないけど、それがみんな魔導師?
ぼくの疑問を察したらしく、姫様は砲塔の座席でちらりと振り返る。
「心配要らん。魔導師は、おそらくひとりだ。そいつさえ潰せば、残りは姿を現わす」
KPVT重機関銃を大雑把に点射した後、ハンドルをクリクリ回しながら姫様は副武装のPKT汎用機関銃を水平に掃射する。敵を寄せてから薙ぎ払ったのだろう。何もない空間から血飛沫と肉片が弾ける。見えない霧のようなものが晴れて数十のエルフたちが狼狽した様子で出現した。
「左端にいたのが魔導師だったようだ」
「お見事です」
「まだだ。突っ込んで来る、車体側面の銃眼を頼む」
生き残りはすぐに反応して散開しバラバラに向かってくる。鏃が外装を叩く金属音が響くなか、いくつか破裂音が混ざっていた。窓や潜望鏡から、瞬く火が見える。
「火炎魔法の攻撃を、内部に浸透させようとしているな」
「悪くない着眼点です」
ハッチと砲塔に被弾しているようだ。攻撃が放たれたならそこに開口部があるはず、という判断も正しい。いまのは角度が合わずに砲塔前部の隙間からわずかに火の粉が舞い込んできただけだけど、魔法を放つ角度が正しかったら姫様の髪が焼けていたかもしれない。
攻撃が通らないと判断して距離を取った敵に、ぼくらは車体左右の銃眼からUMPサブマシンガンで銃弾を浴びせる。拳銃弾とはいえ制圧力には定評のある45ACPだ。至近距離からフルオートで叩き込まれればエルフでも死ぬ。
「ひとり倒しました」
「こちらは二体だ。治癒魔法を使わせるなよ」
「了解です。何人か後ろに回りましたね」
立て続けに破裂音がして、呻き声が聞こえてきた。
「上手く引っ掛かったな」
戦闘前のトラップは避けられたけど、手練れのエルフも戦っている最中に足元のワイヤーを注意は出来ないらしい。真っ暗だしな。
三発目の破裂音が響いて、転げ回る喧騒に聞き取れない叫びが混じった。
「仕掛け罠使い切りました。車両、移動します。姫様、側面から掃射の用意を」
「わかった」
エンジンを始動させるとギアをリバースに入れて後退、倒れている敵に留めを刺した後で前進する。左回頭から右旋回。三百六十度を回りながらガンポートから全方位掃射を叩き込む。
「もう死んだか瀕死の反応しかないが……」
「姫様!」
車体正面に細剣を抜いた指揮官らしきエルフの姿があった。BTRを剣で止めようとでもいうのか、血塗れの男はこちらに向かってくる。彼の左右後方では死に掛けの男たちが、こちらに短弓を引き絞っていた。最期の攻撃に最期の支援か。轢き殺しても良いが、捨て身の攻撃でも喰らいそうで二の足を踏む。
旋回して姫様のいる側面銃眼を向けるより早く、三人の頭に長弓の矢が刺さって呆気なく突き抜けた。里の護衛が放ったものだろう。姫様は安堵の息を吐く。
「……これで全滅だ」