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囚われの姫と肉の盾4

「クラファの馬を仕留めた!」

「良いぞ、回り込め!」

()()は、残らず殺せ! 首を上げた奴には金貨五十だ!」


 兵士たちの興奮した声とトリリファの怒号が響き、わたしは思わず眉をひそめる。一応仮にも王族を討ち取って、金貨五十とはずいぶん安い。


「姫様、左奥に岩場が」

「そこで立て籠もるか。悪くないが少し待て。ある程度は削ってからでないと、囲まれて潰される」

「いたぞ!」


 木陰から姿を見せた兵士の手首を、わたしは踏み込んで切り落とす。こちらの得物が細剣と知っているからか、兵士たちは盾や金属甲冑で身を固めていた。ずいぶんと舐められたものだ。関節の隙間を狙えば、刃先は簡単に肉まで届く。

 切断する必要はないのだ。戦力として役立たずになればそれで良い。手当てをすればそれだけ兵の数は実質的に減るし、放置すれば血が流れてやがて死ぬ。


 トリリファからは“遠乗り”と聞いていたが、“害獣駆除を兼ねた軍の演習”という体裁は完全に放棄したようだ。兵の半数以上が傭兵というのか冒険者というのか、“日雇いの戦闘職”だ。装備も練度もバラバラで、子供や老人に近い年齢の者まで混じっている。


「ここで援護します」


 森の小道の脇にある大岩の陰。ある程度の見通しが利く場所でマークスは弓を降ろした。予備の弓と矢筒を横に置き、彼は蒼褪めた顔で笑う。


「あまり離れないでください。ぼくは、森が怖いので」


 本音は、“いざというとき身を呈して守れるように”、だろう。それはいわず、わたしは黙って頷く。


「こっち、ひゃッ⁉︎」

「血が、血が止まら、ない……」


 マークスが弓で七人を仕留め、わたしが手首を十三、首をふたつ落とした頃から襲撃が急に減った。ようやく数だけでは倒せないと気付いたか。

 おそらく、トリリファではなく指導役の軍人が、だが。


「魔導師隊、火を放て!」

「殿下! 向こうには、まだ味方が……」

「構わん! すべてクラファがやったことにすれば良いのだ!」

責任の所在(そういうこと)ではありません! あれは我が軍の兵ですぞ⁉︎」

「黙れ! たかが二匹の半獣に手間取るような兵が何の役に立つというのだ!」


 ようやく、自分たちが加担した第二王子が将の器ではないと気付いたようだが、それが戦場というのが彼らの不幸だ。


「退くぞ」

「はい、姫様」


 わたしたちが岩場の陰まで退避した後になって、先ほどいた場所に大規模な攻撃魔法が着弾した。


「死体を確認しろ!」


 無防備に出て来たトリリファの姿を見て、射掛けようとしたマークスを止める。


「馬を奪う。急げ、何かデカいものが近付いてくる」


 少し遅かったようだ。トリリファたちの装甲馬車が停められた輜重部隊のところに向かうと、そこには既に阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。


「……ゴブリン」

「フォレストウルフもいるな。無事な馬を探せ」

「はい、でも姫様」

「わかっている。だが、あれは無理だ」


 近付いてくる地響き。あまりにも巨大で強力な反応は、わたし如きの手に負える相手ではない。


「おい! ゴブリンは構うな! 非戦闘員は王城まで退避しろ!」

「なッ、貴様、クラファ!」


 食って掛かろうとした輜重部隊の指揮官に、わたしは細剣を向け笑顔を浮かべる。


「戦意が残っている者は留まって戦え! その勇気は英雄として祀られ、末代まで讃えられるだろう!」

「……ま、祀られ?」


「そうだ! 地龍が来るぞ!」


 馬車馬を放して騎乗しハイゲンベル原生林から脱出したわたしたちは、王城の衛兵に増援を要請した。

 最初は信用されず、トリリファの息が掛かった者なのか、わたしを拘束しようとする者までいたが、少し遅れて輜重部隊が逃げ帰って来ると衛兵たちは騒然となった。


「グズグズしている暇はないぞ! 武勇で知られるトリリファ殿下は、我ら弱卒を逃すため騎兵を率いて地龍と戦っておられる! いまこそ、殿下の意気に応えるときだ!」

「「「おおおおおぉ……!」」」


 地龍を取り逃がした上に投入した戦力の八割以上を失い、自身も重傷を負ったトリリファが帰還したのは翌朝のことだった。

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