囚われの姫と肉の盾2
遠乗り、というのはヒューミニア王国で一般的な害獣駆除を兼ねた軍の演習だ。場所は、王国領北部に広がるハイゲンベル原生林。小さな国ほどもあるそこは北部ケウニア王国との緩衝地帯だが、管理討伐を怠れば野獣と魔獣、そして盗賊どもの棲処となってヒューミニア領内に流れ込み臣民に被害を与える。
建前として、遠乗りはその“討伐行”だが、今回討伐対象はエルロティアの血を引く“混じり者”のわたしなのだろう。
母の面目を守ろうと文武を重んじ修練に励んだのが裏目に出たか。政務で第一王子をやり込め、剣で第二王子に勝ったのが不興を買ったようだ。
現王妃と第一王女からも、たびたび嫌味や嫌がらせを受けてきたが、聞き流しているうちに激昂することが増え始めた。
“王位継承者を馬鹿にしている”のだそうだ。たしかに度し難い愚物と思ってはいるが、無礼を働いたことはない。
これまでは、まだ。
「入るぞ」
わたしが従僕に与えられる小部屋に足を踏み入れると、マークスがベッドから起き上がろうとしていた。
「……姫様」
「まだ寝ていろ。だが起きられるなら、この粥を食え」
わたしは、あれからマークスの再生に勤しんでいた。ボロボロの傷まみれだった身体に下手くそな治癒魔法を掛け、出来るだけの食事を摂らせて体力を回復させる。ようやく手に入れた戦力なのだ。無駄になど出来ん。
王の息が掛かった屋敷の使用人たちは誰も手を貸そうとしないが、妨害さえしなければそれで良い。
生きるための知識と技術は、すべて母が教えてくれた。最初は手取り足取り、最後は身体が思うように動かなくなったので、口頭での指導が中心になったが。母は、自分の知識と経験を手書きの本として残してくれた。いまはそれが、わたしの血肉になっている。
「美味しいです。……姫様、この肉は」
「名前は知らんが、わたしが裏の森で仕留めた鳥だ。脂は薄いが、味は悪くない」
予算が削られているのか使用人がくすねているのか、ろくな食い物を支給されないのに苛立ったわたしは攻撃魔法の鍛錬を兼ねて頻繁に狩りを行うようになっていた。獲物は、城壁外から入り込むらしい鳥と猪と鹿、それに穴熊だ。
最初は黒焦げになったり粉微塵に飛び散ったりと散々だったが、最近は形が残った状態で射抜くことが出来るようになった。
使用人は運搬や解体に手を貸すどころか汚いものでも見るような目で蔑んだ笑いを浮かべるだけだ。そのくせ、残った肉は黙って持ち去るのだから始末に負えない。
一度、肉に薬草を精製した麻痺毒を仕込んでからは手を出さなくなったが。
あの阿呆ども、“いつでも殺せる”と明言しなければ主従も理解できんとは。獣と同じだな。
「喰ったら寝ろ。いまは回復するのが貴様の仕事だ。遠乗りまで、もう十日しかないからな」
「ぼくは、姫様の盾になれます。呪われた不死者でも、そのくらいは」
「無能は要らん」
「……はい」
何をしょんぼりしているのか知らんが、いかに不死者であろうとも会敵の度に死なれては投下するカネと時間と労力が見合わないことを教え込む。自力で生き延びられない従僕など足手まといでしかない。
「貴様には覇気と筋肉がなさ過ぎる。体力が回復したら、すぐに鍛錬を始めるぞ。時間がないから厳しく行く。覚悟しておけ」
「はい!」
何が嬉しいやら、マークスは満面の笑みを浮かべる。きっと、こいつには自分が誰かの役に立つという経験がないのだろう。誰かに期待されたことも。
わたしと、同じだ。




