囚われの姫と肉の盾1
入れ忘れたエピソードです。後ほどインサート位置もう少し前に変更するかも。
初めてマークスと出会ったのは、ヒューミニアの離宮だった。遠国から嫁いだ王族を住まわすにはあまりにも惨めなそこは、離宮とは名ばかりの荒れ果て薄汚れた廃屋のような古屋敷だ。
わたしを産み落としてから体調を崩した母は父であるヒューミニア王から顧みられることもなく、しかし一度たりとも弱音を吐かず毅然とした態度で側妃としての役割を果たしていたが、わたしの成人を待たず謎の病に倒れ回復することなく身罷った。
母の遺骸は封じられた棺のまま埋葬され、簡素な葬儀の後でわたしは王位継承権が発生する成人までには権利廃除を行うと通告された。王族としての政治的駆け引きや宮廷内での権謀術数に疎いわたしでも、空気が変わったことは肌でわかった。そして、理解した。
次は、自分の番なのだと。
「おいクラファ! 今日から、こいつがお前の従僕だ」
義兄トリリファの手で馬車から引き摺り降ろされれた者を見て、わたしは思わず息を呑んだ。
「名はマークス、お前と同じ、孤児の、忌み子だ」
年の頃は十三、四か。わたしとほぼ同年代の男子、なのだとは思うが、そんなことよりも目に入ってくるのは怯え切った昏い瞳だけだ。古着のお仕着せを身に纏ってはいるが、まったく従僕のようには見えない。傷だらけで汚れ痩せ細って震えている彼は、あまりに消耗して反応する気力もないようだ。
「この扱いは、何の真似だ」
「そいつは不死者だ。そんな御託を聞かされたら、嘘か本当か試してみるだろうが」
勝ち誇ったような顔に腑が煮え繰り返るが、わたしは努めて冷静に返す。
「それで? なるほど殺せなかったか。お前の剣では、年若い女のわたしすらも殺せん」
「なにッ⁉︎」
「となれば、わたしもまた“不死者”ということになるな?」
怒りの唸り声を上げながら腰の剣に手を掛けようとしたトリリファは、わたしが指を向けただけでビクリと固まった。
「どうした。抜け、第二王子。わたしの攻撃魔法が怖いか。それとも、王城内での抜剣を咎められて御父君に継承権を剥奪されるのが怖いか」
「……混ざり者、がッ!」
「その“混ざり者”に剣で負けた“軍閥の長”は誰だったかな。おまけに、年端もいかん女から剣を取り上げるため王に直訴までしたそうだな。“男の真似をするような婢女は王族の品位を汚します”、だったか」
「……ッぐ」
「“はしため”、とはな。よくいったものだ。その言葉はどこで覚えた? 王宮式典も覚えられない貴様が。もしや、ケウニアに里帰りしたまま戻らん第二王妃にでも……」
「黙れ!」
トリリファは憎しみに満ちた視線を向けてくるが、もう剣からは手を離している。残念だが、そうなるとこちらも、“身を守るためやむなく”の言い訳が利かなくなる。
「がッ!」
去り際に男の子を思い切り蹴り飛ばして、トリリファは逃げるように踵を返した。
「せいぜい大事にするんだな。半獣には似合いの従者だ」
彼やわたしの異母兄、王のお気に入りである第一王子は政務に長けているそうだ。それが事実かどうかは不明だが、軍務に向いてないことだけは確かだ。
その兄と対抗するため第二王子は軍閥との結びつきを強めていた。自身の武勇は望むべくもないが、お飾りとして神輿に乗れば派閥の長として持て囃す者は出る。
もうひとつの対抗勢力である第一王女は現王妃の母と結託して何やら企んでいるらしく、母娘の周りにはきな臭い話が多い。
わたしはといえば、政治的後ろ盾もなく軍閥には睨まれて女の世界からは爪弾きにされている。
わたしの命脈がもう長くないだろうことは、自覚していた。
この不死者の少年をあてがわれたのは身を守るためではない。王宮の外に誘き出し、殺すための布石だ。
そして案の定、トリリファから彼の従僕経由で遠乗りの誘いが届いた。王族として臣下の者たちに文武の才を併せ持つところを見せねば示しがつかないと書いてあった。
要約すれば、“逃げるならば王族資格を奪う”だろう。それで命を狙われるのならば意味のない脅しなのだが。
わたしは、その誘いを受けた。どうせ死ぬのならば。
あのクズに一矢報いてやる。




