ジャッジメントメイズ
「こちらに在わすお方は、元ヒューミニア王女、そして先代エルロティア王の正統後継者で在らせられるクラファ・エルロ・ヒュミナ様です」
「「「おおおぉ……ッ⁉︎」」」
エレオさんの紹介を受けたクラファ殿下は、BTRの屋根で周囲を見渡した後、軽く頭を下げた。
「クラファだ。まずは貴君らの境遇を看過してきたこと、エルロティア王家の末裔として詫びたい。長くヒューミニアに幽閉の身だった母アイラベルも、祖国エルロティアの行く末を案じ、己が身のままならぬことを憂いていた」
いきなりの話に、住人たちはどう反応していいかわからないようだ。姫様は特に動じることなく言葉を続ける。
「だが、それは言い訳に過ぎん。王族が無力であることは、罪悪だ。詫びはするが、許せとはいわん。わたしは、その罪を、いま贖おう」
わかったようなわからないような顔をしている者が大半で、まったくわかっていない者がその半分ほどを占めているように見える。姫様の言葉の意味を理解して愕然としている者は全体の一割にも満たない。
“純血エルフ以外”と称される被差別種族群は、半ば当然のことながら多くが教育を受けられていないようだ。王家王族の話など自分たちと無縁の問題なのだから、わかるわけもない。ましてヒューミニアなど隣接してもいない数百キロ彼方の異世界だ。どんな思惑で何が動こうとも、誰が何のために何をしようとも、そんなものは正に対岸の火事だ。
「……クラファ陛下、エルロティアの玉座に就いていただけるのですか。でしたら、わたしたちは命を賭けて……」
「そういうのは、要らん」
熱っぽく見上げるエレオさんの訴えを、クラファ殿下は片手を上げて制する。
目に見えてガッカリしたエルフの同胞を見て、隠れ里の住人たちは多くが怪訝そうな表情になる。
彼らは、先ほどの話で一点だけは理解していたのだ。
この王族は、自分たちから何かを得ようとして訪れたのだと。カネか、労力か、戦力か、情報か、あるいはその全てを。
それが要らんといわれて困惑する住人たちを代表するように、最前列の老人が声を上げた。杖にすがって立っている、いかにも長老という感じのエルフだ。
「クラファ姫……いえ、陛下。……でしたら陛下は、どういったご用件で、こちらへ」
老人は穏やかな表情を浮かべ低姿勢でもあったが、態度にはわずかな不信と疑念が含まれているような気がした。悪意や反感というのではなく、奪われ虐げられ慣れた彼らは、搾取や虐待がないことでより警戒しているんだろう。この世界で記録に残った過去の例を見る限り、無害で善良な顔を見せようとする者の方が、執拗で残虐で貪欲だったから。
「この隠れ里……“翼龍の住処”だったか。ここに立ち寄らせてもらったのは、たまたま出会うことになったエレオと子供たちを届けるためだ。何をせよとも、するなとも、いえる立場ではない。ただ、ひとつだけ約束しよう。わたしと、ここにいる忠臣マークスは、エルロティアに向かう」
姫様は、ぼくを掌で示した。視線が一斉に集まり、値踏みするような期待するような懇願するような感情の波が押し寄せてくる。
「そして、偽王ヘルベルを殺す」




