龍の里へ
彼ら……“友愛派”のひとたちの暮らす隠れ里があると聞き、ぼくらは少しだけ方向転換をすることにした。
「エレオ。子供らにいった“龍の助けを求めろ”というのが、それか?」
「隠れ里の隠語です。意識を失う前に、そう伝えたようです。説明が足りなかったせいで、ご迷惑をお掛けしました」
「それは構わん。さっきもいったように、その誤解が幸いしたのだからな」
エレオさんから聞いた隠れ里、“翼龍の住処”は、エルロティアに向かう三本のルートのうち高地ルートに近い位置にあった。
距離だけでいえば最も近いが、途中の山道は崩落し易い上に山賊が出没すると聞いている。そっちのルートでエルロティアに攻め込むとしたら、BTRでの走破は難しいだろうと思う。もういっぺん戻って平地ルートや低地ルートを選ぶか、何か別の乗り物に乗り換えるかだ。
四十ファロンほどだと聞いたので、さっそくBTRを始動してその村に向かう。朝食は簡単な携行食で済ませて、ちゃんとした食事は着いてからでもいいだろう。
子供たちにはミネラルウォーターのペットボトルと、エナジーバーやスナックの詰め合わせを渡しておいた。
子供の食生活としては良くないんだろうけど、いまは時間がないので申し訳ない。元いた世界でよくある幼児の監護放棄だなこれ、と思いつつ本人たちは嬉しそうなのが複雑な気分だ。
「甘い」
姫様もご満悦なのが、ぼくの罪悪感を煽る。これは早く着けるようにがんばろう。
「エレオ、そこの隠れ里にはどのくらいの者が暮らしている?」
「出入りがありますので、百から二百五十です」
「ずいぶん開きがあるな。出入りというのは、隣国へか」
「はい。マウケアとコルニケアにも“友愛派”の方々、我々に協力的な方々はいらっしゃいますから」
「リベルタンには?」
多くの民族が混じり合って暮らす、自由と混沌の国。エルロティアの北にあるというその国が、避難先には最も向いているように思えるのだけど。
「リベルタンとの国境には、“王党派”による厳重な警戒線が張られていて近付けません。特に技術職と魔導師、そして魔珠や食料など軍事転用可能な物資の出入りは完全に阻止されています」
「ふむ」
マウケアで暮らしているのは、ほとんどが人間。コルニケアでは人種問わず暮らしてはいるが、専門職の集まりみたいな国なので何らかの技術や才能がないと暮らし向きは苦しいようだ。
戦闘職以外の獣人には、どちらの国も逃げ込むのは躊躇われるのが現実だ。
「王党派は“純血エルフ以外”を捕まえると聞いたが、捕まえてどうする?」
「わかりません。誰も戻ってきませんから」
「「え?」」
端的な返答に、ぼくらはエレオさんを見る。目は真剣で、嘘や誇張は感じられない。
「魔力が強い者は肥育して戦闘奴隷にするとか、殺して魔珠を採取するとか噂は聞いてはいますが、なんにしろ捕獲された者で生きて戻った者はひとりもいません」
「……そんな」
ぼくらが目を泳がせた先に、獣人の子供たちが身を寄せ合って震えていた。声を落としていたとはいえ、そして車内の轟音で半ば掻き消されていたとはいえ、耳と勘の良い彼らには察しがついたのだろう。おそらく獣人の村で子供たち以外は殺されたか連れ去られたか、なのだ。
「ぐっ、ふ」
「えぇっ、ううぅ」
「ごめんなさい。辛いことを」
エレオさんは手を広げて、駆けてきた年少者たちを受け入れ抱き締める。ぼくは前方に視線を戻し、やりきれない気持ちを持て余す。どうにも納得がいかない。アルフレド王が唯一の例外として、会うやつ会うやつ為政者やその係累が揃ってリソースの無駄遣いしかしてないアホさ加減に腹が立つ。ぼくと姫様がそのリソースを潰した元凶ではあるんだろうけど、そんなもん殺意を向けてこなければこっちだって殺したりしない。
「……なんだかな」
ぽそりと呟いたぼくの声に、助手席で姫様が応える。
「貴様が、いいたいことはわかるがな。そういうものだ、マークス。皆それぞれ、生き延びるために必要なことをやる。弱者は弱者なりに。それは為政者も同じだ」
「それが、ここまでに見た、数々の愚行ですか」
「誰もが、財や才を持っているわけではない。そのなかで必死に足掻き、出来ることをするだけだ。弱者は弱者なりに、愚者は愚者なりにな」
正論ではある。納得いかないけど、そういうものだというのも、わかる。それでも釈然としないのは、一応仮にも文明社会にある先進国で育った記憶が残っているからだろう。
元いた世界だって、ままならないことや理不尽なことはたくさんあった。だから、この憤りはマークスのなかにある“世間知らずのガキ”が地団駄踏んでるだけだ。きっと。
「いくつもの愚かな死を、たくさんの無意味な死を見て、何度も思った。わたしは」
クラファ殿下は、フロントグラスから前を見たまま、いった。
「ああならないで、いられるだろうかと」




