目覚めたエルフの目覚めた何か
「起きたか。体調はどうだ?」
震えながらふらつくエルフに近付き、姫様が尋ねる。子供たちは、まだ目を覚ましていない。まさか人攫いに間違われたりはしないと思うけど、万一のことがあってはいけないので、ぼくも一緒に向かう。
後部のベンチシートから転げ落ちるようにして、彼女は床に倒れ込んだ。慌てて助け起こそうとしたぼくは、それが平伏しているのだと気付く。
「お待ち、しておりました。クラファ殿下」
震えていたのは、歓喜のためだったか。顔を上げたエルフの表情は泣き崩れつつ喜びに満ち溢れていた。
「……いえ、真正なるエルロティア王、クラファ陛下」
「「え」」
さすがに直球でクリティカルヒットを喰らったぼくらは、たっぷり一分ほど固まってしまう。
「陛下はアイラベル様に生き写しでいらっしゃいます。このエレオ、すぐにわかりました。その理知と慈愛に満ちた瞳、その身に纏われた輝く光、我らが主君として仰ぐべきお方、玉座に在わすべき偉大なる存在であると」
「……貴様は」
「エレオと、お呼びください」
「名前はわかった。何者かと訊いている」
あまりのテンションと一方的なラブコールに、姫様は若干引き気味である。ぼくもだけど。
このエレオさん、パーツだけ見ればいわゆるエルフっぽい色白の細身で金髪碧眼で耳と髪が長くて知性的で嫋やかな美女というディテールなのに、姫様に対しては“推しを前にしたオタ”感すごい。
「失礼いたしました。我々は、簒奪者ヘルベルの手から真のエルロティアを取り戻さんとする超党派、“友愛派”の者です。ですが、いまは慈愛の象徴として旗印にクラファ陛下を掲げ、またの名を“クラファ派”と」
姫様、完全にドン引きである。商標の無断使用である。この世界には、そんなものないんだろうけど。
「知らんうちに知らん神輿に乗せられていたようだぞ」
「まあ、貴人というのは得てしてそういうものです」
騒ぎに気付いて起きてきた子供たちが、ひと足先に目覚めていたエレオを見てしがみつく。
「えれお、しゃん!」
「だいじょぶ、いたくない?」
「へいき、えれおしゃん?」
「ええ、もう大丈夫ですよ。みなさん、ご心配かけてすみませんでした」
エレオさん、子供たちの前では優しいお姉さんに変わった。起きてきた子供たち全員にワシャワシャと群がられて抱き着かれ、慕われているのがよくわかる。
特に年少者には絶大な人気を得ているようで、倒れていた間に心配していたのかみんな涙ぐんでいる。
「どこにも、いかないで、えれおしゃん」
「わたしは、どこにも行きません。みなさんと、クラファ陛下と、ずーっと一緒ですよ?」
シレッと姫様の名前を入れ込んでくるあたりが微妙に引っ掛かるけど、少なくとも敵ではないと判断して話を進めようかと思う。もし問題あれば、そのときはそのときだ。
「ええと……エレオさん、あなたと子供たちは、どこかから逃げてきたんですか?」
「いいえ。この先にあった獣人の村が焼かれたと聞いて、駆け付けて……この子たちを避難させていたところでした。戻ってきた“アーリエント狩り”の連中に襲われたんでしょう。矢を受けたところまでは、覚えているのですが……」
「そのようですね。子供たちが、たまたま通りかかったぼくらを呼び止めて助けを求めてきたんです」
「“龍の助けを求めなさい”って、エレオさんが」
人狼の子が、いま乗っている車を止めた話をすると、エレオさんは驚いて周囲を見渡した。あまりに強固に密閉された空間なため乗り物のなかとは思っていなかったらしい。
「陛下、これは……龍、なのですか?」
「いや、薄暗がりで見間違えたのだろう。結果的には、それが幸運だったがな」
「この乗り物は、マークスさんが作られたんですか?」
「いえ、買ったんですけど……って、あれ? エレオさん、ぼくを知ってるんですか?」
「ヒューミニアの王宮に使いとして伺ったことがあります。クラファ陛下に拝謁した際に、ご挨拶を」
これは……まずい、のかな? クラファ殿下を見ると、大した問題はないとばかりに首を振る。
「エレオ。マークスはヒューミニアから脱出する際に、わたしを庇って深い傷を負った。なんとか一命は取り留めたが、記憶の一部を失くしている。貴様のことも、まだ思い出せないのだろう。許せ」
「勿体なきお言葉。マークス様も、陛下を守っていただき感謝の念に堪えません」
なんか彼女のなかで、ぼくランクアップしたっぽい。




