森の分かれ道
姫様から見張りを交代した夜明け間際になって、しとしと静かに雨が降り出した。憂鬱ではあるけれども、それで何かが変わるわけではないと割り切る。視界は悪化するが、それは敵もそうだ。
荒天のリスクは、留まって守りを固めるぼくらよりも長駆して向かってくる襲撃側の方が高い。
エルロティア側は、いまのところ再度攻撃を掛けてくる様子はないけどな。“魔導重装騎兵”とかいう強力な兵を出してきて吹っ飛ばされたから、しばらくは増援もなさそう。
夜中の戦闘で子供たちの半分ほどは起きてきてしまったけれども、姫様が戦闘終了を告げるとすぐにパタリと寝てしまった。疲れていたのもあるだろうが、クラファ殿下の言葉には彼らを安心させるものがあったのだ。
あっという間に敵を殲滅して、振り返った姫様はポカンとしている子供たちに笑顔でいった。
「見たか、お前たち。“アーリエント”の勝ちだ」
それを聞いた子供たちは、嬉しそうに頷くと毛布を被って再び眠り始めた。
◇ ◇
朝になっても、エルフの女性は意識を取り戻さなかった。特に症状は変わらず、容態は安定し眠っているだけだ。ぼくらは子供たちを起こさないように運転席で今後のプランを再確認する。
「ここがコルニケア。道がこうなって、エルロティアがこの辺り。そして、現在地がここだ」
姫様手書きの簡易地図で、ルートの概要を教えてもらう。
最初に姫様と会ったとき、エルロティアまでは馬で一ヶ月と聞いた気がするんだけど。早くもエルロティアまで百キロ圏内まで来たことになる。車両を使用したこともあって、まだ一週間も経っていない。
それについて尋ねると、答えは比較的想像通りのものだった。
「乗り物の差だ。ヒューミニアからエルロティアまで移動する者など商人くらいだが、その場合に問題になるのは、ハイゲンベルの原生林と、この緩衝地帯だ。どちらも魔物がウヨウヨする危険な場所なのでな、ふつうは安全地帯を縫って半月ほど掛けながら移動するのだ」
「ハイゲンベル、安全地帯なんてあったんですね」
「当然ある。ヒューミニアの監視が張り付いているので近付けなかったがな。ここも同じだ」
旅行者や商人が宿泊して水や食料を得て準備を整える、集落というより山小屋やビパークポイントみたいな場所らしいけど、そこにはエルロティアの監視もしくは斥候、いまなら完全装備の軍部隊が駐留していてもおかしくないのだそうな。
「わたしの情報は、母からの伝聞でしかない」
「わかっています。マークスの記憶が知っているのも、姫様から聞いたものですから」
人質同然の側妃が母国に戻る道筋など、ヒューミニアの王宮で入手できる情報ではない。それくらいは、ぼくにもわかる。どのみち全てを揃えてからの戦いなんてありえない。あるだけの情報で、手持ちの武器で、可能な限りの備えで挑むしかないのだ。
「エルロティア国境に続く道は、何本かあるんですか?」
「大きくは三本、だったはずだ。商用馬車が無事に渡れるルートは一本だけらしいが」
それは荷馬車の走破能力や脆弱性や航続力を基準に考えれば、だ。ぼくは姫様の持つ伝聞情報を確認する。
最短距離だが崩落し易い上に山賊が出没する高地ルート。走り易いがかなりの大回りになり、遮蔽がないため魔物に襲われ放題の平地ルート。少しの降雨でも泥濘に埋まって進めなくなる最低最悪の低地ルート。
“武器庫の力を使っての強行突破を前提にするならば、どのルートでも行けなくはない。問題があったとしても対処の方法を考えるだけだ。
「平地ルートですかね」
「わたしも、そう思ってはいた。敵が待ち受けることを覚悟するならば、それが最も確実で手っ取り早い」
「……ぅ、あ」
切迫した呻き声に振り返ると、椅子から起き上がろうとしているエルフの姿が目に入った。




