接点
「出てこい、アーリエント!」
車外で、怒鳴り声が聞こえた。たぶん、車体の左後方。さっきトラップを踏んだ襲撃者のいた辺りだ。
ワイヤーに触れたら死角の位置にある手榴弾のピンが抜けるという簡単なものだったけど、この世界のひとたちは初見だから、避けられずに喰らったようだ。
まだ車体周辺にいくつもあるので、出てこいといわれたところで明るくなるまで迂闊に出られない。だいたい、アーリエントって誰だ。
「抵抗は無駄だ、おとなしく投降しろ!」
別の位置で、また爆発音がした。誰かがもうひとつのトラップを引っ掛けたようだ。悲鳴と怒号と呻き声と泣き喚く声。
手榴弾を置いたのは遮蔽の陰だったから、たぶん即死するような怪我はしていない。すぐには死なないというだけで、苦しみ抜いて死ぬ。それだけに、仲間たちの精神をゴリゴリに削る。
「聞こえているんだろう、アーリエント! 貴様らは、完全に包囲されている! 逃げ場は、どこにもないぞ!」
どうも自分たちの立場がよくわかっていないような発言だが、相手の素性も状況もわからないのでリアクションに困る。姫様も同様のようで、ぼくと視線を合わせるとわずかに首を傾げた。
「アーリエントって……姫様、ご存知ですか?」
「いや。話の流れからすると、そこのエルフのことではないかと思うがな。困ったな、まだ本人には訊けん」
微塵も困っていない顔で、クラファ殿下は首を振る。
ぼくらは、彼らが姫様を狙うヘルベル王の手先だと思っていたのだ。いや、ヘルベルの犬なのは間違ってないかもしれないけど。
ぼくらに用があるのか、それとも後ろにいるエルフと獣人の子たちを追っているのかが、わからない。
どちらにしても関わる義理はないんで、踏み潰して強行突破しようかとテレスコープでルート取りを考える。
「安全の確保が最優先です。まず前の集団を撥ねて轢いて、その間に姫様が後方の敵を蹂躙してください」
「構わないが、前半と後半で論旨が変わっているぞマークス」
ひゅん、と悲しげな鼻息に振り返ると、獣人の子たちが何人か起きて窓の外を見ていた。小さな子らは疲れが勝って目を覚まさないが、年長者は緊張していたのだろう。
「おお、うるさくしてすまんな。少し我慢してくれ、手早く済ませる。あいつらが何者かわかると助かるんだが、何か知らないか?」
緊張を解すように姫様が軽く尋ねると、ポソポソと呟きが返ってくる。
「“王党派”」
「ほうほう。それは何者だ?」
「……王に、従わないひとと、エルフじゃないひとを、つかまえる」
「ああ、そうか。わかってきたぞ。“アーリエント”というのは、そこのエルフの名前ではないな?」
「違う。アリエント、ぼくたち」
姫様は問題ない大丈夫だと子供たちを優しくなだめ、壁側には寄り掛からないよう伝えて後部座席に戻らせる。
「姫様、何かわかりましたか」
「ああ。“アーリエント”はエルロティアの古語か訛りだ。公用語ではない。あのエルフの名前でもない。あれが指しているのは、子供たちや、わたし、そしてマークスもだ」
UMPサブマシンガンを抱えて予備弾倉をポケットに入れると、姫様は天井のハッチを開ける。
「……あいつら、純血エルフ以外を、“異形の異物”といっていたんだ」
「悪辣なたくらみで国を分断し! リベルタンに内応したことは既に調べがついている!」
姫様はハッチからBTRの屋根に上がる。静かに通る澄んだ声には、隠し切れない憤怒が込められていた。
「悪いが、何の話をしているのかサッパリわからん。単語も、名前も、経緯も、相関関係も、何もな。……ただ、明確にわかったことがひとつだけある」
「貴様、クラ……ふァ⁉︎」
UMPがパスパスと鳴って、膝を撃ち抜かれた男たちが崩れ落ちる。
「お前たちは、わたしの敵だ」




