夜襲
「夜の間は、絶対に外には出るな。手洗いが必要ならば、わたしかマークスに必ずいうんだ。いいな?」
ぼくが毛布を配り終えると、クラファ殿下は子供たちを見渡しながら伝える。ひとりの猫っぽい子供が、オズオズと小さく手を挙げた。
「もし出たら……?」
「死ぬ」
特に脅す意図もない軽い口調に、子供たちはビクリと震える。
「心配するな。この箱のなかは、いまエルロティアで最も安全な場所だ。誰もお前たちを傷付けることは出来ない」
「……うん」
「さあ、もう寝ろ。明るくなる頃には、このエルフも目を覚ます。朝飯を食べたら、望む場所まで送ってやろう」
姫様は助手席で毛布を被り、ぼくは砲塔の座席に座る。暗視機能のない潜望鏡では外を見たところでたかが知れているけれども、回転砲塔に連動しているので、運転席の狭い窓よりは視界が広く取れる。
「夜半に交代だ。その前でも何かあったら、ひとりで動かず必ず起こしてくれ」
「わかりました」
みんな疲れていたのだろう。すぐにすーすーと寝息が聞こえてきた。換気用に少しだけ開けていたハッチの隙間も、いまは閉めてある。
「ううん……」
うなされているような声に振り返ると、車の前に立ち塞がった人狼の子だった。苦悶の表情が不憫に思ったが、よく見ると隣の子に尻尾を齧られていた。
「おーい……それ食いもんじゃないぞ……?」
どんな夢を見ているやら、小さな猫っぽい子は幸せそうな顔でガジガジと尻尾を齧っている。尻尾の方もひょいひょいと逃げるのだが、それを上手くキャッチしては齧る。寝ているとは思えない攻防が繰り返されていた。
いつまでも齧られ続けるのも可哀想かと、尻尾を毛布の下に仕舞ってあげる。
「にゃ……」
子猫獣人の子が不満そうに小さく鳴いた。
◇ ◇
体感で真夜中をわずかに回った頃、遠くでチラリと金属らしきものが月明かりに照り返されるのが見えた。
「姫様」
「来たか」
抑え気味に声を掛けただけで、クラファ殿下はすぐ眼を覚ます。傍らのUMPサブマシンガンをすぐ手に取らないところに冷静さが感じられた。
「状況は」
「北西に二百メートルくらいですね。何か光りました。たぶん、弓……」
ガキンと鏃が車体に弾かれる音がした。間を置かず追撃がガンガンと続く。
「当たりだ、マークス。しかし、ビクともしないな。エルフの長弓は重甲冑も貫くと嘯いていたが」
「いえ、角度の問題ですね。側面は少し薄いので過信は禁物ですよ」
鏃が貫通まではしないだろうけど、念のため子供たちは壁際には寝かさず離してある。
けっこうな金属音が鳴り続けているのに、誰も目を覚まさない。
「このまま近付いて来なければ良いんだがな」
「そうもいかないでしょう。勝てると踏んだにせよ敵わないと考えたにせよ、戦果を確認しなきゃ帰れないと思いますよ」
回り込んでいた一団が、仕掛け罠に引っ掛かったらしい。BTRの後方で爆発音がして、複数の悲鳴が上がる。
「前方の敵、散開して向かって来るぞ」
「了解です」
砲塔から懸架された操作バーに触れ、PKT汎用機関銃の発射スイッチを入れる。
撒き散らかされた7.62x54ミリR弾が数人を捉えたものの、大多数は飛び退いて射線から逃れる。
「避けましたよ。凄いですね、エルフは」
「他人事のようにいわれても困るんだがな」
苦虫を噛み潰したような顔で、クラファ殿下は首を振った。




