龍に食われる
「……獣人、ですか。あまり接する機会がありませんでしたね」
「たしかにな。しかしコルニケアでは、よく見かけたぞ? 銃兵部隊にも何人かいたようだが」
いた……かな? 彼らは規律正しく均一化され過ぎていて、種族としての個性があまり目立たない。制服と装備と行動とがピシッと揃った集団のなかでは、“銃兵”という表層に覆い隠されて個別の印象が残らない。
「それで、あの獣人たちは何のために我々を止めたんですかね」
「さあな。訊いてみるか」
砲塔の椅子から離れようとするクラファ殿下を止めた。さすがにそれは、ぼくの役割だろう。
「姫様はここにいてください。何かあったら援護をお願いします」
「しょうがない。“じゅう”は持ったか?」
「ええ、ここに」
ぼくは頷いてレッグホルスターを示す。新しく調達した拳銃、姫様とお揃いのM9自動拳銃だ。拳銃は補助装備なので、多少の性能差や用途の差であれこれ揃えるより、弾倉や弾薬の互換性を持たせることを優先したのだ。いまさらだけど。
「気を付けろ。勝手に死ぬなよ」
「それは大丈夫ですよ、姫様もご存知でしょう?」
「だから、いっている。また別のマークスとして生まれ変わられても困るからな」
クラファ殿下の口調は軽いが、目は真剣だった。
「わかりました」
車体側面にある小さなハッチから抜け出して、前に立ち塞がる獣人に近付く。
身長は、百五、六十センチ。見た感じ人狼っぽい子供だ。見たところ、敵意や害意を持っている風ではない。怯えているが、パニックにまでにはなっていない。ということは、この子は意図して車両の前に飛び出したのだ。
「大丈夫か、怪我は」
「あ、あう」
あれ? 獣人って、言葉が喋れないなんてことはないはずだけどな。コルニケアでは人間やドワーフに混ざって、ふつうに暮らしてたし。
人狼の子はアワアワしながらぼくを指し、BTRを指して、またぼくを指す。なにをしてるの?
「りゅう、の……お腹から……ひとが」
「どうした。ぼくらに何か用か?」
「……ひと、なの?」
「え、そうだけど……逆に、なんだと思って止めたんだ?」
「龍、かと」
いやいやいや、ぼくは地龍しか知らないとはいえ、そして夕暮れで薄暗くなり始めているとはいえ、さすがに龍とBTRとは形もサイズもシルエットも全然違うと思うぞ? 地龍はエンジンで動いてないし、車輪で走らないし。そういう問題じゃないくらい見当違いな気がする。
そもそも、龍だと思って呼び止めた? それは、望み通りの出会いだったとしても、喰われて終わりなのでは?
「龍は、獣人の守り神」
「そうなのか。知らなかったけど……残念ながら、これは龍じゃない。装甲馬車みたいな乗り物だ」
「のりもの……」
「そこの獣人たちは、君の仲間?」
「そう。助けてもらいたいの」
獣人集団は、みんな薄汚れて疲れ切った子供たちだった。
なんでこんなところに、とは思ったが話をしている暇はなさそうだ。集団の後ろに、血を流して倒れている大人がいた。
見たところ、エルフだ。若い……のかどうか長命のエルフの実年齢まではわからないけれども、女性だ。
「だめ」
「連れてかないで」
「大丈夫だ、傷を見るだけだから」
怯えながらも必死に守ろうとする子供たちを笑顔で落ち着かせ、脈を探る。呼吸は安定しているし脈もある。気絶しているだけのようだ。
「あの乗り物まで運ぶ。君たちもおいで、悪いようにはしないから」
「でも」
「ここにいると危険なんだ。どこから来てどこに行きたいのかも、何がしたいのかも知らないけど、出来るだけの手助けはする。目的地があるなら、そこまで送っていく」
子供たちは視線を合わせてモゴモゴと躊躇った後、車の前に飛び出した人狼の子に決断を委ねたようだ。彼……か彼女かわからないけど、人狼の子は少しだけ迷って、背に腹は変えられないとばかりにぼくを見た。
「助けてくれる?」
「ああ、水や食べ物もある。あのひとの手当てもする。もちろん、放っておいてくれというなら、そうするけど。たぶん君たちは、朝まで生き延びられない」
「……うん」
他に選択肢がないことは理解しているんだろう。彼らは、エルフを運ぶぼくの後について、BTRに近付いてきた。
「姫様! すみません手を貸してください!」
ぼくはエルフを抱えて、車体側面のハッチから車内に声を掛ける。姫様は詳細を訊かず、怪我人を引き入れるのを手伝ってくれた。出血は止まっているようだけど、このまま放っておけば魔物の餌になって終わりだろう。武器も持たない庇護者もない貧弱な獣人の子たちなど、餌がまとまって歩いているようなものだ。
「どうしたマークス、このエルフは何者だ?」
「わかりませんが、獣人の子供たちが助けを求めています。独断で申し訳ありませんが、彼らを保護したいんです」
「それは構わんが……大丈夫なのか?」
「え? だいじょうぶ、とは?」
質問の意味がわからず困惑したが、姫様が指した方向を振り返って理解した。
BTRの車内に繋がる入り口を見ながら獣人ボーイズ&ガールズが、いまにもチビりそうな顔でプルプルと震えていたのだ。
「た……たべられちゃう?」
「食べないよ⁉︎」




