立ち塞がる者たち
夕刻近く、ぼくらの乗ったBTR装輪装甲車はコルニケアの国境を出て緩衝地帯に入る。
見送ってくれた守備隊から聞いた情報では、直径が百キロメートルの円形に近いらしい。マウケア、コルニケア、エルロティアの三国がその緩衝地帯を囲むように位置してるわけだ。
植生は豊かで湿地が点在し魔物も棲息するというから、装輪車両での移動は手間取りそうだ。
「これはエルフの独壇場だな」
こちらの不利な状況は、クラファ殿下の言葉が端的に表している。実際、八輪駆動とはいえ車重のあるBTRは早くもタイヤを空転させ荒海を行く船のように激しく揺れ始めていた。
「悪いことばかりではないぞ、マークス。こいつは目立つ的だが、敵を誘い出す役には立つ」
「それ、物凄く悪いことじゃないですか⁉︎」
「なに、敵対は既定事項だ。コソコソ隠れて近付かれるより、いくらかマシだ」
「そんなもんですかね」
「ああ。北西方向五ファロン、大規模な隠蔽魔法」
約一キロ先か。樹木に隠れて、ぼくには見えない。姫様は運転席の後ろに表して砲塔に向かった。
「敵ですか」
「魔物狩りの猟師にしては、仕掛けが大掛かり過ぎるな。攻撃されるまでは静観するつもりだが……」
そのまま泥塗れの道を進むが、攻撃してくる様子はない。姫様が指摘した辺りを通過しかけたとき、いきなり目前の道路上に立ち塞がる人影が現れた。
「あ、バカッ!」
とっさに急ブレーキを掛けたものの、相手との距離は十メートルもない。鼻先をぶつけるようにして押し倒したものの、なんとか轢き殺すことだけは回避した。
「姫様、敵襲に警戒を!」
「マークス、いい」
「はい⁉︎」
「敵ではない。おそらく、だが」
恐怖か絶望か蒼褪めた顔で泣きじゃくりながら、それは立ち上がってこちらに何かを訴えているようだ。
「エルロティアで、彼らは人として扱われないと聞いている。見たところ武器もなく隷属の証もない。こんな者たちを、まさか戦力として使いはしないと思うがな」
「……たち?」
クラファ殿下の指した先にいたのは、車の前に飛び出してきた人影と同じく襤褸を纏って泣きじゃくる、獣人の群れだった。




