出立
翌朝、ボリュームたっぷりの美味しい朝食をいただいて、ぼくらは出発の準備に入る。
出かける前に、王城近くに研究室があるコルニケア技術研究職たちにハンヴィーとカワサキのメンテナンスパーツを渡す。燃料とオイルとスペアタイヤ、あとはM240の弾薬と交換用銃身もだ。
たぶん最初に消費期限を迎えるのはガソリンか。ぼくが再び供給できれば良いけど、その機会がなければ車両は数年しか走らせられない。当然、双方納得の上だけど。
「それじゃ、そこに出しますので少し離れてください」
収納してあったBTR-70を王城前で出す。アルフレド王とサシャさんの他に、銃兵部隊の面々もぼくらを見送りに来てくれていた。
「無事を祈っている。お前たちなら大丈夫だとは思うがな。帰りには、是非ここにも立ち寄ってくれ」
「約束は出来ませんが、善処しましょう」
なんとなく政治家っぽい感じの会話をして、クラファ殿下はアルフレド王と別れる。
「北部に展開しているコルニケアの守備隊には伝令が行っている。少なくとも、そいつを見て攻撃してくることはないはずだ。まあ、槍や鏃でどうにかなる装甲じゃないだろうがな」
「はい。色々とお世話になりました」
「いや、こちらこそ助かった。またな、クラファ、マークス」
見送りのひとたちに手を振って、ぼくらは車輪の隙間にある小さなハッチから車内に入る。狭苦しかったはずの車内も、姫様とふたりだとえらく閑散としている。
「姫様、いざというときは銃座をお願いします」
「ああ、任せろ。貴様は運転だけに集中してくれれば良い」
騎馬の先導を受けて首都を出ると、ぼくらは街道を北上してゆく。姫様もコルニケア領内にいる間は助手席でゆったりドライブ感覚である。次第に気持ちは決戦モードになってゆくんだろうけど、いまはまだ穏やかな表情のままだ。
「マークス」
「はい、姫様」
「わたしは、エルロティアを簒奪するべきなんだろうか」
「……わかりません。“王権を得る資格”という意味であれば、それはお持ちかと。ですが、母君の祖国が姫様にとって生涯を賭ける価値のあるものなのかどうかは別の問題でしょう」
小さな窓から外を眺めたまま、クラファ殿下は小さく鼻を鳴らした。
「ああ、それは道理だ。わたしが聞きたかったのは、そういう“理に適った返答”ではないのだがな」
ううむ。それは……わからない、としかいいようがない。
単なる高校生だったはずのぼくには、内政も外交も通り一遍の知識としてしか知らない。エルロティアの政情も国情も国民感情もさっぱりだ。判断基準も信念も思い入れも持たない自分には、国を統べる決断に足る材料がない。
そうではなく乙女心の話なのだとしたら、なおさら判断不能だ。そこで次善の策として、ぼくは正直にそれを打ち明けることにした。
「ぼくにできるのは、姫様の敵を殺すことだけです」
「む?」
「殿下の剣であり盾でありたいと思っていますが、そうあるためには“殺した先”を考えるべきではないと思っています。迷いで判断が鈍るようであれば、ぼくには存在価値がないのです」
これもまた、逃げではある。
それでもクラファ殿下は何がしかの結論に至ったらしく、静かに頷いた。
「ああ、たしかにそうだ。貴様には貴様の、わたしにはわたしの、決めるべき問題がある。己が義務を果たさず従僕の意見に左右されるような王族も、同じく存在する価値はないな」
おそらくクラファ殿下が求めていたのは答えそのものではなく、自分の頭にある問題を整理するための話し相手――というか、話しかける対象物――だったのではないかと思われる。
姫様は、姫様のやるべきことをやる。ぼくは、ぼくのやるべきことを。
長閑な田舎道でBTRを走らせながら、頭のなかと気持ちを整理してゆく。人心地ついていた心を、少しずつ戦闘状態に戻してゆく。
やるべきことは、もう決めていた。王位を簒奪した現エルロティア王ヘルベル。クラファ殿下の叔父にして母君の仇。
ぼくは、そいつを殺す。




