愛の行く先
驚くべきことに、姫様は難儀なマニュアルシフトにあっさりと慣れ、BTRを危なげなく動かし始めた。
ハンドルもシフトレバーもクラッチやアクセルのペダル類も、何もかもが重くて硬いというのに、さほど気にする素振りもない。
この世界のひとたち、基礎体力が高いのかも。運動神経も、おそらく前いた世界より平均値が高い。
ぼくもいまはマークスの身体だけれども、彼は比較的凡庸というか不死者ということもあって鍛錬が足りないのか基礎値がそう高くないんだけど、それでも元の身体よりも動きや判断が素早い気はする。
「これは面白いな。もっと早く試してみるべきだった」
「では、運転は姫様にお任せして、屋根に上がりますね」
外が良い天気ということもあるけど、装甲車の視界が狭くて周囲の状況がわからないのが不安なのだ。
銃兵部隊の半数も天井のハッチから屋根に登って跨乗を選んでいる。襲われる心配はそれほどないみたいだけど、SKS五丁とぼくのMG3で、ちょっとやそっとの敵なら対処できそうだ。
「マークス殿の“じゅう”は、“えすけーえす”よりも威力が高いのですか?」
銃兵部隊の若手、ケルンさんがぼくのMG3に興味を示す。弾帯をドラムマガジンに詰める作業があるので、その間ケルンさんにMG3を持っていてもらう。用途が違うので当たり前なんだけど、SKSと比べるとサイズは大人と子供くらい違う。
「そうですね。だいたい弾薬の大きさくらいの差があります」
百連ベルトリンクの真ん中で銃弾をひとつ外して、ケルンさんに手渡した。そこから弾帯を巻いた状態でふたつのドラムマガジンに詰めるのだ。
ケルンさんは自分のSKSに使用する十発クリップを取り出し、MG3の銃弾とサイズを見比べる。弾頭自体は7.62ミリでほぼ同じくらいだけど、薬莢の長さが違う。アサルトライフル用の短縮弾は薬莢長が約39ミリで、フルサイズ小銃弾の7.62ミリNATO弾は薬莢長が約51ミリ。
威力もそれに――というか、容積と火薬の量にだけど――だいたい比例する。SKSの威力はMG3の六割くらい。三分の二というところだ。
「KPVTは、どのくらいの威力なんですか?」
ケルンさんは、屋根の上で砲塔から突き出している巨大な銃身を指す。周囲の銃兵部隊員たちも、周囲の監視を続けながらではあるけれども興味津々で聞いている。鉱山での戦闘で敵を派手に吹き飛ばすのを目の当たりにしてるのだから、ずっと気になっていたのだろう。
14.5x114ミリ弾の威力って、どのくらいだっけ。インベントリーにデータも少し出てた気はするけど、あんまり詳しくは覚えていない。
「たしか……7.62x51ミリの十倍くらいだったと思います」
「“えすけーえす”の……ええと、十五倍?」
「そんなもんですかね。そして、弾頭が爆発したり燃えたりするので、実際の被弾ダメージはもっとずっと大きいです」
それを聞いた銃兵部隊員たちは、みんな揃って感嘆の声を漏らす。
「KPVTは、ひとを撃つ武器ではないんです。装甲馬車とか、もっと頑丈な……たとえば城壁なんかを壊すためのものなので」
自分たちが絶大な信頼を寄せている愛銃がちっぽけに感じたりしたら不本意だなと思ってフォローしたけど、そんなことは取り越し苦労だったようだ。彼らは自分たちのSKSを大事そうに抱えて、それぞれに小さく笑いを漏らした。
「俺は、こいつが良いな」
「俺もです。自分に合ってる気がするんです」
「自分も、“えすけーえす”があれば、他の“じゅう”は要りませんね」
自分たちの視力で把握できる距離の敵ならば、撃てて、当てられて、倒せる。彼らにとって、それで用は足りるのだ。
確実に動いて、確実に倒せるという信頼。きっと兵士にとって最高の武器は、そういう信頼や愛着を抱けるものを指すんだと思う。最高の性能や最高の威力ではなく。
ぼくにとってのそれがMG3かといわれると、ちょっと違うような気はする。UMPサブマシンガンも、重宝はしてるけど愛着はそれほどない。Kord重機関銃も、道具としては信頼しているけれども好き嫌いで考えたことはない。ハンヴィーの屋根に乗ってたM240など、あまり触った記憶もない。M9自動拳銃に至っては姫様に渡してしまった。元々そんなに思い入れもなかったし。
そのうち、自分に合った武器が見つかると良いな。BTRの屋根で揺られながら、ぼくは少しそんなことを思ったりする。




