フルーツバスケッツ
そこから数日、ぼくらはゆっくり身体を休めた。
食事と睡眠を取り、風呂に入って、旅の計画を立ててながら装備を整える。
アルフレド王は軍民両面での全面的な協力を申し出てくれたけど、断った。姫様より前に、ぼくが。
「いえ、ありがたいですけど陛下。さすがに現状の兵数は、国土防衛に最低限必要でしょう?」
まず一国の防衛を二百人の兵で維持してるのがおかしい。相当に国土が狭いとか、天然の要害であるとか、そういう特殊な事情があるんだろうなと思ってたのに、詳しく聞いたら東西移動でも南北移動でも街道を馬車で五から七日くらい掛かるらしい。
国土、けっこう広いじゃん。しかも馬車が行き来できる街道って敵も輜重部隊付きで侵攻可能ってことじゃん。
ドワーフの超科学能力とか超先進兵器があるかと思えばそれもなく。鍛造能力と鑑定能力と筋力が高いくらい。戦争あんま関係ない。
「そうはいうがな、マークス。いまのコルニケアに攻め込める敵がどこにいるんだ?」
アルフレド王の質問に、ぼくはふと姫様を見る。ぼくの渡したM9自動拳銃を脇に吊るして、クラファ殿下は鷹揚に微笑む。
「軍事的には、ヒューミニアは半壊、ケウニアは全壊だ」
「政治的にも似たようなものだぞ?」
「ちなみに経済的にもです」
当然ながら外交情報に明るいアルフレド王と、コルニケア情報部所属のサシャさんも被せてくる。
「お前が潰した二国以外、コルニケアと敵対する可能性のある国はない。西のマウケアは種族的に人間の比率が高いという以外コルニケアとあまり違いのない兄弟国のようなものだ。農業と畜産業が盛んで経済的な住み分けもできてる。建国以来三百年以上、軍事衝突はおろか小競り合いすらもない」
「潜在的であれなんであれ、いまの仮想敵国はエルロティアだけですね」
コルニケア周辺の事情はわかった。
「それは理解しましたが、陛下を“ぼくらふたりとエルロティアの戦争”に巻き込むのはおかしいでしょう」
「いや、それ以前に“ふたりで国と戦争する”のはおかしくないのか」
アルフレド王のツッコミをぼくら主従は揃ってスルーした。
「陛下の、お考えはわかります。それは重々承知の上です」
「おお、わかってくれるかクラファ。俺はな……」
「マークスの、新しいオモチャが目的ですね?」
「げふッ⁉︎」
怒涛の図星感。クラファ殿下の牽制をまともに食らって、王様は静かに噎せている。どうやらごまかすための咳払いに失敗したっぽい。
赤い顔で咳き込む主人を、サシャさんがすごい醒めた目で陛下を見てる。
「チガウ、ヨ?」
「陛下なんで片言になってるんですか。声裏返ってるし。嘘モロバレじゃないですかガッカリですよ」
「サシャうるせえ! お前だってわかってんだろ⁉︎ 俺が、目的のためには手段を選ばない男だってことをな!」
「いや、だから何でキメ顔なんですか。おかしいですよ山積みになった政務も財務も軍務も法務もぜーんぶほっぽり出して面白そうな新兵器の待つ最前線に出るとかそれ王として……いえ、ひととしてどうかと思いますよ」
「……げふん、けふ……わかった、もうわかりますた首都に戻りますちゃんと仕事します」
前から力関係が何となく見えてたけど実態は思ってたのよりずっと極端だった。自国の王で上司でもあるアルフレド陛下を手のひらの上で転がすサシャさん猛獣使いみたい。
「首都って、どのあたりなんです?」
「馬でなら、街道を北に三日ってところだ」
「だったら、自動車にしましょう。それなら一日も掛かりませんね。送りますよ。総勢何人くらいの移動ですか?」
「増援の四分の一、十五名ほどが俺と一緒に戻る。残りは、国境の防衛に当たりつつ様子を見て順次だな」
「では、途中までご一緒しましょうか。陛下たちはハンヴィーに五人乗ってください。残りの方々は、こちらで移動手段を考えます」
いま考えている車両ならば、慣らし運転を兼ねて首都まで同行しても良いと思う。それはクラファ殿下とも合意が取れている。
「マークス、大丈夫なのか?」
「問題ありませんよ。次は大型車両を考えていたところですから」
「違う、あちらの話だ」
王と僕らと同行する第一陣の座を手に入れるため、銃兵部隊の増援七十人は朝まで走り続けることになったらしい。