安楽な暗躍
「とはいったものの……」
「蚊帳の外ですね」
敵部隊は殿軍を残してコルニケアに向け突撃してゆく。嫌われているのか怖れられているのか、ぼくらはいまひとつ顧みられてない感じ。
「わからんのが、あの軍勢の目的だ。てっきり、わたしを殺したいのだと思っていたんだがな」
「そうですね。意外ではあります」
彼らはハンヴィーをイメルンでも見ているはずなのだから、クラファ殿下が乗っていることも認識しているはずだ。仇敵の排除より優先される何かがあるのだろうか。
考えられる可能性としては……
「コルニケアに対しても利害の衝突がある、とかか?」
「失礼ながら、彼らがコルニケアに攻め込んでも得るものはあまり無さそうに思えます」
「同感だな。飯は美味いが、王が技術屋気質では、金目のものはなさそうだ」
ぼくもひどいが、姫様もっと辛辣。でも実際、王様ってば平服で庶民宿の常連だったもんな。浮いた金でもあったら資産価値がある宝物系より自分の趣味に突っ込みそうなタイプ。
「まあ、その話は後だ。あいつらが、わたしたちのお相手のようだぞ」
先ほど地龍を嗾しかけてきた騎兵集団がこちらに戻って来ていた。前衛は魔導防壁を組み込んだ盾を重ね掛けして、後方集団は何かを狙っている雰囲気だ。
「馬ごと身体強化魔法か。突進してくるぞ」
「姫様、ひとまず助手席へ。銃座に上がるのは、少しお待ちください」
車内のフロアトンネル上に投げ出されたままのKord重機関銃を収納し、安全のため助手席に座ってもらう。
進路が東側に逸れたことで、目の前に広がっているのは御誂え向きにフラットで遮蔽や障害物のほとんどない土漠だ。
ハンヴィーの全力機動がどれほどのものか、見せてやる。ぼくは思い切りアクセルを床まで踏み込んだ。
「おおおおぉ……お?」
遅ッ! 何これ⁉︎
もんのすごーく闘志とやる気と燃料消費してる感に満ちた咆哮を上げながらも、ハンヴィーのスピードメーターは昔乗った原付に毛が生えたくらいにしか伸びて行かない。
「案外、大したことはないな。音は、勇ましいのだが」
「……そうすね」
途中いくらか凹凸で跳ねて失速したとはいえ、トップスピードは八十キロを切る。魔法ドーピングで飛び出して来た騎兵たちに一瞬並ばれてしまったほどだ。
こいつのV8ディーゼルエンジン、排気量6リッター以上あるはずなんだけどね。車重は非装甲でも2トン半、装甲型ならその倍以上はあるみたいだから、責めるのは酷かもしれない。スピード出すのが目的の車でもないし。
「なに、問題ないぞ。なんとか馬どもは引き離し、だぁッ⁉︎」
油断しかけていたところで、至近距離から車体に騎兵槍が叩き込まれる。助手席からは全く見えていなかったらしく、姫様が金属音にビクッと驚いて飛び上がった。
この装甲ハンヴィー、頑丈さは頼りになるものの死角が多いのが難点だ。次々に脱落するなか最後まで追い縋ってきた騎兵が一矢報いたというところだろう。その一撃が限界だったようだが。
バックミラーを見ると、騎兵は置き去りにできたみたいだけど、槍は姫様の座っていた助手席右後方あたりに刺さってる。装甲板のない部分でも狙われたか。
とはいえ刺さりは浅く、バンプで軽く車体が跳ねただけで槍はあっさりと抜け落ちた。
「さて、では始めるか。マークス、左に展開してくれ」
「はい?」
「やりたいだけのことはやらせてやった。ここからは攻守交代だ」
姫様は助手席を立って、再び屋根の銃座に上がる。いきなり驚かされたのも車体を傷付けられたのも、かなりイラッと来たらしいことが受けて取れる。
「奴らを狩るぞ」