執着
「……なんだ?」
ハンヴィーを追いかけて来ていた重装騎兵が、走りながら陣形を組み始める。十騎ほどでひと組になって、それが何組か左右に距離を置いて並走してくる。
いままで散開していたのに、方針転換したのか。姫様の銃撃に対しては、盾を向けている。
「くそッ、あいつら“にーよんまる”のタマを弾くぞ!」
7.62x51ミリのフルサイズ小銃弾が貫通しないとしたら、魔導防壁でも掛かっているのだろう。問題は彼らの目的だ。このまま追いかけ続けたところで、騎兵槍を突き立てるチャンスはない。であれば、どこかに追い込もうとしているのか、逆にどこかから追い払おうとしているかだ。
「ああ、魔力の集中を図ったか」
「はい?」
「魔道具は魔石に蓄えられた魔力を使用するものだ。単騎で運用したところで、タマを弾き続けることは出来ん。であれば、それを集中し重ねて身を守ることにしたのだろう」
だったら、他の兵たちもそうすれば良かったのでは。ぼくの疑問を汲み取ったわけでもないんだろうけど、姫様は端的に切り捨てる。
「全員の甲冑を集めて前衛に被せるようなものだ。時間稼ぎにしかならん。ただ、あいつらはその時間を必要としているのだろう。なんのためにかは、知らんが」
M240のベルトリンクを撃ち尽くした姫様が、後部座席に積んでおいた弾薬箱を銃座に引っ張り上げる。
「姫様、奴らに動きが!」
左右で並走していた騎兵たちが一斉に離れてゆくのを見て、嫌な予感がした。非常に、嫌な予感が。
「……おい、マークス。貴様、“こーど”との差は六倍といったな」
弾帯交換を済ませた姫様からの質問に、一瞬なんの話かと思ったものの、すぐそれがKord重機関銃とM240汎用機関銃の威力差だとわかった。
「ええ、そうです!」
重機関銃なら地龍を仕留められた。姫様は、汎用機関銃ではどうなのかを考えているようだ。
ということは、だ。
「もしかして、ドラゴン来てます?」
「ああ。凄まじい勢いで近付いて来ている」
いわれてバックミラーを見たぼくは、視界いっぱいに広がる地龍の顔に思わず背筋が凍り付いた。騎兵は、こいつを呼び込んだのだ。あるいは、こいつの前にぼくらを呼び込んだか。どっちにしろ結果は同じだ。
一キロ以上の距離を置いて見ていたときにもデカいとは思っていたが、間近で見ると異常なほどにデカい。顔も絵に描いたような“怒り狂ったドラゴン”だ。それが窪地に隠れて遮蔽を縫って、岩や起伏を巧みに利用しながら、ハンヴィーへと追い縋ってくる。
可能な限りフラットな路面を選び、限界までアクセルを踏み込むものの、地龍はそれ以上の速度で追い上げてくる。
「おのれぇッ! 生意気な!」
姫様の罵り声で、ドラゴンがM240の銃撃をことごとく躱すか撥ね返すかしているのがわかった。弾帯交換の隙に接近を許したらしく、銃撃再開とともに言語化されていない怒声が上がっていた。
地響きが近付き、嫌な予感がする。チラッと振り返ったぼくの目に、ドラゴンが大きく口を開くのが見えた。
「マークス、放射火炎が来る!」
「嘘でしょ⁉︎ ちょッ、姫様すぐ車内に入って!」
「右だ!」
バックミラーが真っ赤に染まった。右にハンドルを切ると車体を掠めた炎が長く伸びて地表を燃え上がらせる。
冗談じゃない、いくら装甲があるとはいえハンヴィーはあんなもん耐えられるようには出来てない。
「もう限界だマークス! “こーど”を出せ!」
「ハンヴィーの車内で⁉︎」
「他に選択肢があるか⁉︎」
ない、気がする。とはいえ……まあいい、インベントリーからKord重機関銃を出すと、長い銃身の先は車内後端のハッチにつっかえる感じになった。地龍への攻撃を済ませてすぐ移動したので、弾帯は残弾二十発ほどが繋がったままだ。慌ててクラファ殿下に注意するよう伝える。
「姫様、気を付けてください! それ、薬室に装填されています!」
「わかった!」
姫様は後端まで這っていって、ハッチのオープナーを内側から開ける。抜けかけのダンパーでペコペコと上下に揺れるハッチを押さえながら、銃口を迫り来る地龍に向けた。
「前方に敵本隊、左展開します!」
「ふたつ数えるまで待て!」
威嚇か勝利宣言か耳を聾するドラゴンの咆哮が車内に響き渡る。姫様が何か叫んだが、ぼくの耳には認識できない。直後バックミラーに赤い光が広がって、ぼくは死を覚悟した。




