馬と鋼と
「マークス、マズいぞ。騎兵が向かってくる」
かなりの大回りでぼくらのいる丘から距離を取り、南側に回り込んでくるようだ。こちらに正面を向けず側面を見せながら、全力疾走することで被弾し難い状況を作り出している。狙い難いよう隊列を組まず、バラバラに不規則軌道を掛けながら走ってくる。
上手い下手の差はあるにせよ、残った百騎弱の騎兵全員が同じ選択をしているということは本隊でそういう対処をしろという指示があったのだ。なかなか、やり難い。
「狙撃……は、難しそうですね。距離を詰められる前に脱出しましょう」
「いくらか削るのであれば、わたしが……ああ」
「すみません、姫様のSKSは銃兵部隊に渡してしまいました」
「そうだったな」
接近する敵がいた場合の援護をお願いしていたけれども、平原を向かってくる重装騎兵に対して拳銃弾のUMPでは心許ない。いまから新規の武器を出すのは危ない。
となれば、姫様には汎用機関銃かな。敵から死角になる側に傾斜を少し降りたところで、インベントリーから装甲ハンヴィーを出す。もうバイクは無理なので、ちょうど良かったと開き直る。
「こいつも、古強者の顔になったな」
良くいえば、そうだ。車体は矢で削られたり剣や槍で擦られたり窓には投石が当たったりで満身創痍のボロボロながらも、たしかに妙な迫力は出てきたように思える。
運転席に乗り込み、エンジンを掛ける。姫様は慣れた動きで後部座席から銃座に上がった。
「姫様、危ないときは必ず車内に戻ってくださいね」
「わかっている」
騎兵たちが向かってくるのは南東方向、敵本隊はコルケニアに北上中だ。騎兵への対処に手間取ると、練兵場での戦闘には加われなくなる。姫様に確認すると、答えは簡潔だった。
「構わん。歩兵や弓兵ならばアルフレド陛下が対処してくれる。我々は、ここで後顧の憂いを断つ。出遅れた場合には、関所で詰まっている敵を後ろから削ってやれば良い」
「後方撹乱ですね。たしかに、その方が“ぼくら向き”かもしれません」
「来たぞ。マークス、南西方向に向かえ。斜行して擦れ違いざまに叩く」
向こうの武器が騎兵槍という時点で、さほどの脅威ではない。騎兵最大の武器は大質量での打撃力だが、それは速度と機動性のない歩兵が相手の場合だ。ハンヴィーが相手では、騎兵は追いつくことも出来ない。……はず。
「いいぞ、そのまま……良し!」
姫様はまだ距離があるうちから、姿を見せ始めた敵を指切り点射で小刻みに削ってゆく。
四回の交差射撃で戦果は二十騎近く、それも騎兵のみを正確に撃ち倒した。五回目の交差で騎兵側は大きく避け、回避軌道を取りながら離れていった。後ろを取ろうとする者もいたが、こちらがターンすると巧みに岩や溝の陰に逃げ込む。
「あいつら、なかなか、やりますね」
「貴様、何を感心している⁉︎」
車載機関銃の射界と死角と射程を理解し、装輪車両に対する馬の優位を見出している。それを意外に思うのは、ぼくがこちらの世界の兵士たちを甘く見ていたからだろうか。
「騎兵ども、南東側に誘い込もうとしているな」
「向こうは路面が悪いです。速度が出せない。最悪足回りが埋没しますね」
「先ほどまで、あいつらがいた場所だ。何か罠でも仕掛けているのかもしれん。深追いは止めて出方を見るか」
長期戦になるのはマズいが、他に選択肢はない。マズいことは、もうひとつあった。
「姫様。実は先ほど、地龍を一体、仕留め損ねました」
「ああ、もっとも奥にいた個体だな。わたしも見た。仲間が屠られたのを見て、即座に起伏の陰へと逃げ込んでいたやつだ」
それは驚くほど賢い判断だった。結局、最初の五十発を撃ち尽くすまでに有効な対処を見出したのは、ある意味であの地龍だけなのだ。
しかも、死んだ振りか抵抗でもしたのか、コルケニアに向けて動き出す隊列に地龍の姿はなかった。
現在そいつがどこにいるのかは不明。追い込まれた平地の南側は、潅木や起伏が激しくて見通しが利かない。
「止むを得ない状況だったし、あの地龍が頭の回る奴だったのも認める。だが、注意しておくんだな」
姫様はM240の連結弾薬を交換しながら、運転席の僕に忠告した。
「龍種は、仲間に手を出した相手を決して許さない」




