ロンゲストヤード
監視らしき気配は、どこかに逃げ去っていった。後続の騎兵が来ないことを確認してインベントリーからカワサキを出し、姫様を乗せて南東に進路を取る。
騎兵は百とかいってたけど、この調子でチマチマ削ってたらキリがないし、今回のぼくらの役目でもない。
敵集団を西に大きく回り込み、緩やかな斜面を駆け登ると高低差二十メートルほどの崖の上に出た。
西側に一キロ以上も距離を置いたせいで、敵からの反応はない。おそらく、まだこちらを認識してもいない。
「姫様、ドラゴンは見えますか? ぼくの視力じゃ“モヤッとした何か”にしか見えないんですけど」
「ううむ……わたしも朧げにだがな。あの赤黒い小山がそれではないか?」
西側から見ると、敵の前衛が左手、後衛が右手。その最前列と思われる位置に、いくつか丸まったような赤褐色の塊がある。地龍なんて見たこともないから判断できない。小山の右手側には短い列車のようなものが並んでいるが、あれが装甲馬車だろうか。
「遠過ぎて、正直よくわかりませんね」
「ああ。さすがに、この距離からでは、こちらも向こうも何も出来んな」
「向こうは知りませんが、こちらは出来ますよ」
“武器庫”の商品在庫一覧から購入済みのKord重機関銃を取り出す。
いまさらだけど、この銃ムチャクチャ長いし重いしゴツい。ぼくの感覚でいうと、“砲”だ。長さは二メートル近いし、二脚と弾薬ボックスまで足したら重量は優に三十キロを超える。
おまけにこの銃、コッキングレバーはなく、弾薬のローディングはリコイルスターターみたいなケーブルを引っ張って行う。最初に撃ったときは無我夢中で動かしてたらたまたま上手くいったけど、こんな奇妙な操作は普通わからんだろ。初見で実戦投入というのは、我ながら無理が過ぎた。
魔導防壁テンコ盛りの第二王子を殺すのに必死で、前回は何がなんだかわからないまま終わった。今回は、落ち着いて狙って、落ち着いて壊す。
「マークス、ここからでは少し遠過ぎないか?」
「姫様、これをお使いください」
ふたつある双眼鏡のひとつを手渡す。
ケウニアの首都イメルンの攻略時に使用して、預かっていたものだ。使い方は姫様も、もうわかっている。
「違う。お前が撃つのに遠くないかと訊いているんだ」
「それなら大丈夫ですよ。今回は幸か不幸か的が大きいですし、スコープも仕入れましたから」
「すこーぷ?」
「銃に付ける双眼鏡みたいなものです、こんなのですね」
手に入れたスコープを姫様に見せる。
Kord重機関銃は機関部後方左側にオフセットされたマウントがあって、スコープはそこに装着する。後ろからスライドして填め込み、固定レバーで留めるだけだ。銃の左上方にピョンと飛び出す“取って付けた”ようなデザインだが、実用としては何の問題もない。無骨で素っ気ない感じが、いかにも東側兵器っぽい。
イメルンでの銃撃対象は七十メートル先。重機関銃の射程としては超至近距離だったので、無駄に視界を塞ぐだけのスコープは付けていなかった。買ってすぐ試射もなしに実戦投入だったしな。
装着したスコープを覗いてみると、姫様がいっていた“赤黒い小山”が、首をもたげているのが見えた。餌でももらっているのだろうか。もしくは不満でも表明しているのか。
「地龍さえ倒せば、後はコルニケアの皆さんに任せても問題ないでしょう」
「問題だろう。元はといえば、わたしたちが呼び込んだ敵だぞ?」
「では、出来るだけ削りましょうか」
ぼくはKord重機関銃のリコイルスターター(……ではないんだけど、ケーブルに付いたハンドル)を引いて、初弾を薬室に送り込む。
「この“こーど”が凄まじい威力なのは知っているが、“たま”は装甲馬車まで届くのか?」
「ええ。これの有効射程は、二キロメートルだそうですよ」
重装歩兵や騎兵はわかるが、弓兵と魔導工兵はどれほどの脅威なのか判断できかねる。最優先事項は地龍と、魔導投石機が搭載された装甲馬車。
ぼくは、できることを成し、やるべきことを済ませる。




