ハント
ぺぺぺと長閑な音を立てて、カワサキは草原を走る。
日が昇り、空は晴れ渡っている。これで戦争前の偵察じゃなかったら、寝転がってお茶でも楽しみたいような陽気だ。なんだか楽しくなってきた。昨日の夜から練兵場入りして徹夜明けなので、少しテンションがおかしい。
「南東方向、一キロほどのところに大小の反応、おそらく敵陣がある」
「了解、サシャさんの報告通りですね」
たぶん、そこが敵の前衛だ。装甲馬車を牽いた“地龍”とかいう飛べないドラゴンがいる。
「ちなみに姫様、空を飛ぶドラゴンもいるんですか?」
「ああ、どこか北方の山に“翼龍”というのがいるらしいな。ひとが飼えるような代物ではないから、見たことはないが」
それをいうなら地龍も似たようなものらしいけど。“硬い鱗を持っていて、人を喰らって街を滅ぼす”という姫様の説明は、この世界のひとたちの実体験によるものだそうな。
「以前に地龍の被害を受け、いくつか集落が壊滅している」
「それ、ケウニアなんですよね?」
「ああ。そのときの地龍を使役したとも思えん。討伐した地龍の雛でも手に入れたか、卵を孵したのではないか?」
災厄の元を手元に抱えて利用するとか、どうかしてると思うんだけどな。
「南方向、一・六キロあたりに数百の群れ。歩兵の集団だな」
「ふたりで数百は多過ぎますね。交戦しているうちに他から回り込まれそうです。それは銃兵部隊で対処してもらいましょう」
「マークス……いまさらだが、良かったのか?」
クラファ殿下の懸念は、SKSカービンを七十名に装備させたことだ。
アルフレド王は信頼できそうだし、コルニケアにも親近感を抱いてはいるが、政治的に判断すればそれはそれだ。万一、その銃口をこちらに向けられた場合。ぼくと姫様にはそれを防ぐ手段が――厳密には、ないこともないけど――乏しい。リスクとコストとメリットと、もう少し考える時間と判断材料が必要だったのではないかという意味での質問なのだろう。
「わかりません」
ぼくは正直に答える。
「でも極論をいえば、姫様さえ無事に目的を果たせれば、その他はどうでも良いのです」
少なくとも、マークスは。最近ぼくの意識が彼に引き摺られていることは否定しないけど、かといって生きる目的や指針があるわけでもない。ぼくがこの世界で生きてゆくには、クラファ殿下が必要なのだ。従僕としての義務や制約という問題ではなく、マークスが生きてゆく意味として。
敵対することになったら、残念ではあるけれども、全てを排除する。七十丁のSKSカービン、千数百発のアサルトライフル弾で彼らが何かを変えようとするなら、それ以上の力で潰すだけだ。
「南東方向から騎兵が来る。距離一・四キロ」
「こちらを発見していますか?」
「“ばいく”の音と気配くらいは察しているのだろう。真っ直ぐこちらに向かっている」
「姫様、UMPで対処できますか?」
「問題ない」
近くに見付けた岩場をバリケードに決めた。バイクを収納して、遮蔽に隠れる。射手用偽装網は拒絶された。
「森のなかならわかるが、ここでは意味がなかろう。だいいち、それは血の匂いがするので好かん」
「そうすね。ぼくも、どうかとは思ったんですが」
蹄の音が近付いてくる。甲冑付きの重装騎兵だけあって、速度も低めで機動にも重さがあった。
万一、姫様が仕留め損ねた際のバックアップとして、ぼくは汎用機関銃を抱えて岩場の上で配置に着く。迫る騎兵は五、どれも長い騎兵槍を抱えている。
「よし、この辺りだ。魔道具による攻撃に注、いッ」
パカンと弾かれるような音がして、先頭の騎兵が頭を傾かせた。そのまま傾いて落馬し転がったまま動かなくなる。
「敵襲!」
後続の四騎は散開して速度を上げた。距離を取り機動で翻弄するのがこの世界での基本戦術なのかもしれないが、それは歩兵が相手の場合だ。ペスペスンとくぐもった音が鳴るたびに、騎兵はズルズルと馬から落ちる。
ほんの数分で、五騎の重装騎兵が射殺された。馬は無傷だが、こちらを警戒して嘶き足踏みを繰り返す。
「捕まえるのは無理そうですね」
「構わん。連れては行けんしな。南南東に斥候か監視のような者が潜んでいるようだ。まだ六百メートルほどあるが、接近するようなら援護を頼む」
「了解」
姫様はUMPを抱えたまま敵騎兵の死体に近付き、ひとつずつ懐を探る。
いくつかは詳しく調べていたが、収穫は革袋だけだったらしい。それは、ぼくに手渡してきた。
「もう討伐命令は出ているのだろうな。従卒らしき者が手紙を持っていたが、実家との私信のようなので捨てておいた」
姫様は少しだけ眉を顰める。うん。たしかに、自分が殺した敵の死体からは、発見したくない代物である。
「同情する必要はないぞ。奴らは五人とも、ヒューミニアの兵士だ。ひとりはテゴス侯爵家の次男。第二王子派閥の生き残りだな」




