プリンセスのドリル
「まず、貴様らに大事なことを伝える!」
「はい! 姫様!」
クラファ殿下の澄んだ声が、深夜のコルニケア軍練兵場に響き渡る。
集められた銃兵部隊候補生たちからは、すぐさま返答が返ってきた。揃った声と隊列、伸びた背筋と屈強な体格。訓練に参加したコルニケアの兵士たちが、かなりの練度にあることは素人のぼくにも理解できた。
「撃つ瞬間まで、引き金には、絶対に触れるな!」
「アー! プリーマ!」
「銃は、殺したい相手以外には、絶対に向けるな!」
重要なことなので、姫様は隊列を見渡して続ける。
「それは、弾薬が入っていようと、いまいとだ!」
「アー! プリーマ!」
申し訳ないとは思ったが、銃兵の訓練は姫様を主軸に進めてもらうことにした。武器の調達はするけど、マークスの戦闘能力は“ふつう”としかいいようがない。身体能力に至っては、この世界の標準より少し落ちる。兵士と互角には動けない。
こんな夜更けに、いきなり訓練が始まったのには理由がある。夕食前、宿に王への伝令が届いたのだ。渡された書面を一瞥した後で、彼は同席していたぼくらにそれを見せる。
「ケウニアの軍使から通告があったらしいぞ。大罪人の身柄引き渡しがどうのとかいってるがな」
アルフレド王は鼻で嗤う。
「要は、“武器を寄越せ”だ。軍使とやらの装備を見れば、ヒューミニアのヒモ付きなのは一目瞭然だったそうだ。バカどもが、コルニケアを舐めてやがるな」
「引き渡しても責めたりはしないですよ、陛下。その“大罪”の半分くらいは、事実なんですから」
「笑わすなよクラファ。俺はな、いっぺん手に入れたオモチャは最後まで遊び切る男だ!」
「……台無しです。こんなのが我が主人だとは己が身の不幸を呪いたくなります」
「てめぇ、サシャ! 一応仮にも俺はコルニケアの王だぞ⁉︎」
夫婦漫才みたいなふたりはほっといて、ぼくと姫様は今後の方針を決める。
敵戦力と侵攻時期はサシャさんの所属する諜報部隊が逐次報告してくれることになっていた。必要なのは、迎え撃つ場所の選定と迎撃訓練の実施だ。
「おう、クラファ。そんなら街の南に軍の練兵場がある。お前らが入ってきた国境関所の北東、迎え撃つにも悪くない位置だぞ?」
「では陛下、明朝、銃兵部隊の候補者三十名をそこに」
「もう揃えてある」
「「は?」」
「というかな、さっき増援が到着したってんで顔出してな、銃兵部隊の編成があるって漏らしたら、全員が参加表明しやがった。いまは七十名だが、選定のためにお前らが来るまで走ってろと伝えておいた」
「走る? いま? なんのために?」
「少ない参加資格の奪い合いは、この国じゃ体力順てのが通例でな。上手く間引ければいーんだが……きっとあいつら、朝まで走り通すぞ」
「……何をしてるんですか、あなたがたは」
慌てて食事を済ませようとするぼくらを見て、アルフレド王は笑った。
「そう急ぐな。あいつらも楽しんでるんだからな」
「そんなわけないでしょう?」
「いいや。コルニケアの兵士は、俺みたいな奴が多くてな。“祭り”の前には、血が騒いで眠れねーんだよ」




