諍いの番
ソファに座り込んだアルフレド王に、サシャさんがお茶を淹れて差し出す。ぼくらもいただくことになったが、そこで王がふと顔を上げた。
「悪かったな、すっかり夢中になってた。お前ら、昼飯はどうした?」
「……え、あの……あまり、お腹が空いていなかったので」
そらそうだ。スィーっと目を逸らした女性陣に、王は怪訝そうな顔になる。
「ん?」
アルフレド王は、いきなりクンカクンカとサシャさんの胸元を嗅ぐ。元いた世界では完全にセクハラである。
こちらでもアウトだったらしく、思い切りヒゲを引っ張られていた。
「あ痛だだだ」
「何をするんですか!」
「いや、なんかお前ら美味そうな匂いさせてたから、痛だだだ!」
そうだよね。お菓子は平らげて片付けたけど、隣に座ってる姫様とか、チョコとクリームの甘い香りが全身から漂ってる感じだもの。
「ま、マークス様から、異界のお菓子をいただきました」
「え、俺の分は?」
「ありません」
「ひでえ! お前、俺の護衛だろ⁉︎ 俺の胃袋も守れよ⁉︎」
「いや、意味わかりません。いまからお菓子なんて食べたら夕食に響きますし」
「何それ、お前は母親か⁉︎」
なんか、楽しそうなひとたちばっかりだな、コルニケアって。
姫様もクスクスと笑いながら、じゃれ合うふたりを眺める。
「そうだ、まだ女将には話してないんだけどな、明日から“金床亭”借り切ろうと思ってる。増援が着くんでな」
ぼくが出した新しい“お菓子セット”を抱えたアルフレド王は、キャンディコートされたカラフルな粒チョコを口に放り込みながら、いった。
サシャさんから、“食事前なのでひとつだけ”といわれて真剣に抗議する姿は、仮にも一国の王とは思えない大人げなさだったが。
「……で、だ。お前ら、隣に移らねえか?」
「隣?」
「ここと似たような、寝室ふたつの続き部屋だ。まとまってくれた方が監視も護衛もしやすい。カネは王宮持ちだ」
「陛下」
「んだよサシャ、お前だって駆け回らなくて済むだろ?」
「ご本人を前にして、わざわざ“監視”といいますか?」
「あ……うん。いや、あれだ。言葉の綾、というか俺はほら、嘘をつけない性格でな」
「誠意や正直さを、無神経の言い訳に使わないでください」
ああ、ぼくここん国の子になりたくなっちゃいそう。その気持ちを察したのか姫様が視線を向けてきたので、困った感じで微笑んでおく。
「わたしも同感だ」
「へ」
「顔に出ている。コルニケアにいたいとな。構わんぞ、わたしがエルロティアに入れたら、貴様を」
「姫様」
ドクンと大きく胸が鳴って、いきなり周囲の音が消えた。自分と姫様だけしか感じられなくなって、ぼくは彼女に向き合う。
「ぼくは、クラファ殿下から離れません。もう不要と思われたのであれば、不死者の命を絶ってください。……あなたが、その手で」
「できるわけが、ないだろうが」
「であれば、どこへでもお伴しますよ。置いて行こうとしても無駄です。マークスは、離れられないようですからね。姫様のいるところなら、敵地でも魔物の巣でも、戦火のなかでも」
「………好きにしろ、阿呆が」
微笑みながら我に返ると、ソファの向かい側でニマニマしているアルフレド王と目が合った。その隣でサシャさんが気を使って顔を逸らしてくれてるのが、却って辛い。
「ああ、ふたりとも。惚気るのは、部屋でやってくれんかな。見ていてこちらが恥ずかしくなる」
「陛下、そういうところですよ⁉︎」




