砲座のひと
「わかった」
陽が傾きかけた頃、寝室から出てきたアルフレド王は疲れた顔で首をゴキゴキと鳴らした。
SKSカービンは組み立てられ元の形に戻っていたが、どれだけ磨き上げられたのかビカビカに輝いていた。
「おわかりになりましたか」
「ああ、これは無理だってことがな。だがまあ、勉強には、なった」
「それは、そのままお持ちください」
差し出してきたSKSを、王に納めてもらった。
姫様と目を合わせて、無言のまま同意を得る。
「もらって良いのか?」
「はい。もし、戦争になった場合には、陛下にコルニケアで“銃兵部隊”を編成していただければ、と考えています」
「部隊?」
サシャさんに同意を得て、インベントリーから残りのSKSカービン二十九丁を部屋の隅に出す。念のため、購入時の木箱に入った状態にしてある。
「陛下にお渡ししたものを含めて三十丁。弾薬は、訓練時にお渡しします。使いこなせる目処が立てば、手持ちの弾薬千数百発を全量引き渡します」
「マークス」
クラファ殿下が、木箱を指してぼくに尋ねる。
「これには、わたしの使っていた銃も含まれているのか?」
「はい。姫様には、別の銃に慣れていただきたいのです。SKSは、ふたりでの戦闘に向きません。性能は悪くないですが、装弾数が少な過ぎ、再装填に時間が掛かり過ぎます」
アルフレド王は、それを聞いて頷く。
「なるほど。コルニケアの兵は、三十いれば連携で補い合えるということだな」
「はい。いつかクラファ殿下が直属の銃兵部隊を編成する日が来ると思って揃えておきましたが、予想が変わってきました」
「クラファに配下が付く未来はまだあると思うが、そういう意味ではないのだな?」
「はい。個人的には、SKSが生きるような戦場ではない気がしています」
「……森か」
ボソリと呟いたアルフレド王の言葉にぼくは答えず、7.62ミリのアサルトライフル弾を一発だけ手渡す。
驚いた様子はなく物珍しそうな顔もしない。戦場に転がっていた薬莢や弾頭を回収して、ある程度は分析もしていたのだろう。
「先ほど陛下が“無理だ”といわれたのは、“ドワーフには作れない”という意味ではないですね。あなた方なら作るのは可能なはず。陛下は、“作る意味がない”という事実を再認識されたのでしょう」
「……そこまで理解してるってことは、お前のいたところで“そういう歴史”があったのか?」
「いいえ。ぼくのいた世界には魔法がありませんでしたから、戦争の技術はこちらと別の発展を遂げたんです」
皮肉なことに、火薬系の武器は“それなら魔法で良いじゃん”という淘汰がなかったからこその発展だ。
「おそらく、こちらでも火薬は作られてますね。“金床亭”のお風呂からは硫黄の匂いがしていました。後は木炭と硝酸……硝石?」
「ああ。火薬の基礎は、百年ほど前の転生者が広めた。生前は、あちこちに硝石畑を作って“気狂いイグノア”と呼ばれていたがな」
ご愁傷様だ。偉大な先人の魂が成し遂げたものは、ようやく理解されたわけだ。
「当時イグノアが目指していたのは、おそらくSKSカービンのような“銃”だったんだろうよ。イグノアの提案した武器は発想も設計も威力も運用計画も、悪くはなかったんだがな。価値を理解されず、“使い勝手の悪い投石器”くらいにしか思われていなかった」
いま現存する実物はない。誰も価値を認めず、イグノアは失意のなかで死んだ。
「イグノア砲と名付けられたその武器が作り出した敵兵の死体は、硝石畑に埋けられた死体の二割にも満たなかったそうだ」
そういって、アルフレド王は小さく首を振った。




